きみと描いた星空は、まだ消えない

一人になった後、七番ベンチに座る。

霜を払わずに、そのまま座った。

冷たかったけれど、立ったままではいられなかった。

封筒を開けると、中には折り畳まれた一枚の紙が入っている。

広げた瞬間、息が止まった。

それは、二人で描いていた絵の、わたしが描いた地上のページだった。

スケッチブックから切り取られた一枚。

バスターミナルの夜。

自動販売機の光。

七番ベンチの脚。

わたしが描いた景色。

でも、わたしが描いた部分の上に、蒼生の線が重なっていた。

夜空から、一本の線が伸びていた。

流れ星のような軌跡が、紙の上の方からわたしの地上へ、自動販売機の光へ、まっすぐ降りてきていた。

空と地上が、一本の線でつながっていた。

蒼生がここに書き足したのだ。

わたしの地上のページに、蒼生の夜空をこっそり加えた。

わたしが描いた地上の、七番ベンチの上に、二つの小さな人影があった。

並んで座っている、小さな二つの形。

顔もなくて、輪郭だけで、でも確かにわたしたちだとわかった。

そして、絵の余白に一言だけ書いてあった。


『結羽の地上は、ちゃんと俺の夜空とつながってた。

本当は結羽の事、ずっと好きだった。言えなかったけど。

余命のない俺が好きだと言うのは、ずるいから。

結羽にはこれから先、たくさんの夜明けがある。

俺の分まで見ていてほしい。

俺の分まで、色んなものを感じて、描いてほしい。

結羽の絵が、俺はずっと好きだったよ。

ありがとう』


わたしはその場に崩れるように泣いた。

夜明け前のバスターミナルで、誰もいない七番ベンチの前で、泣いた。

泣きながら、その絵をぎゅっと胸に抱きしめた。

冷たいコンクリートの上で、ずっとそうしていた。

好きだった、と蒼生は書いた。

言えなかった理由まで書いてくれた。

ずるいから、と。

わたしのことを想って、ずっと言わないでいてくれた。

そのことが、嬉しくて、切なくて、愛しくて、どうしようもなかった。

ありがとうはこっちだ、とわたしは思った。


あなたがいたから、わたしはまた絵を描けるようになった。

あなたがいたから、好きなものを好きでいることが怖くなくなった。

あなたがいたから、この夜が綺麗に見えた。


東の空が、少しずつ白んでいった。

夜でも昼でもない、あの中途半端な青。

わたしが一番好きな、夜明けの色。

今まで何十回と見てきた色が、今日は違う色に見えた。

泣いていたせいで、視界がにじんでいたから。

にじんだ夜明けの青は、もっとやわらかくて、もっとたくさんの色が混ざっていた。

わたしは泣きながら、蒼生のスケッチブックを開いた。

何年分もの夜空が、そこにあった。

蒼生が一人で数えてきた星たちが、ページを埋めていた。

最後のページには、まだ何も描かれていなかった。

真っ白なページが、一枚だけ残っていた。

わたしは鉛筆を取り出した。

この夜明けの色を、蒼生の最後のページに描こうと思った。

蒼生が積み重ねてきた夜空の、一番最後に、わたしの夜明けをつなげたかった。

震える手で、最初の線を引いた。

歪んだ。でもそれでよかった。

蒼生が言っていたから。

残したいものがあるから描く、それだけで十分だ、と。

夜明けの青を、わたしは描いた。

地平線から滲み出すように広がるその色を、ただ見えたままに。

夜の深さが残っている上の方から、少しずつ明るくなっていく下の方まで。

蒼生の夜空の続きに、結羽の夜明けをつなげた。


絵のタイトルを、わたしは初めて自分でつけた。


『蒼の軌跡』


それが、二人の絵の、最後のページになった。

最後のページに、夜明けがあった。

それでよかった、とわたしは思った。

蒼生の夜空の終わりに、わたしの夜明けがある。

蒼生が確かに生きた軌跡だ。

夜は終わって、朝が来る……それはきっと、悲しいことじゃなかった。


家に帰って、布団に入らずに机の前に座った。

蒼生のスケッチブックを、机の上に置いた。

封筒の絵を、最初のページに挟んだ。

地上と夜空がつながった絵。

蒼生がこっそり描き足した流れ星の軌跡、二つの人影。

窓の外が、完全に明るくなっていた。

カーテンを開けると朝陽が差し込んでくる。

今まで閉めたままだったカーテンを、今日は閉める気にはならなかった。

わたしは新しいスケッチブックを開いて、また鉛筆を持った。

今日の朝を、描こうと思った。