廊下を歩きながら、わたしは足が重くなるのを感じた。
ドアの前で一度立ち止まる。
深呼吸をした。
泣かない、と言い聞かせる。
蒼生の前では、泣かない。
蒼生が笑っていられるように、わたしも笑う……そう決めた。
部屋の中は、静かだった。
ベッドの上に蒼生がいた。
薄い布団を掛けて、上半身を少し起こしている。
顔色が白くて、首がいつよりも細く見えた。
バスターミナルで会っていた蒼生より、ずっとずっと小さく見えた。
でも、わたしを見て笑った。
やっぱり、あの、絵本みたいな笑い方で。
「……会いに、来てくれたんだ」
「うん、会いに来たよ」
「ありがとう。嬉しいよ」
わたしはベッドの横の椅子に座った。
何を話せばいいかわからなかった。
蒼生も、しばらく黙ってわたしを見ていた。
何も話さなくても、よかったんだ、わたしたちは。
何気なく部屋の中を見回す。
部屋の壁に、スケッチブックが立てかけてあった。何冊も。
蒼生が描き続けてきた夜空が、この部屋に全部あるんだと思った。
あのバスターミナルで、わたしが来る前から、一人で、何年も。
「外、寒い?」
不意に蒼生が聞いてきた。
「うん……寒い」
「星、見えてる?」
「見えてるよ。昨日も数えようとした」
「数えられた?」
「途中でわからなくなっちゃった」
わたしの答えを聞いて、蒼生は少し笑った。
「俺も最初そうだったよ」
と言った。
「でも、毎晩来てたら、だんだん数えられるようになるから」
毎晩来てたら……その言葉が、胸に刺さる。
でもわたしは泣きそうになるのを我慢した。
泣かないと決めたから。
「……寒くなかったの?毎晩来て」
「寒かったよ」
そう言って、蒼生は笑った。
「でも来ちゃうんだよね。星が見たくて」
「わかる!わたしも来ちゃってた」
「知ってる」
蒼生はそう言って、また目を細めた。
知ってる……その一言が、なんだか嬉しかった。
蒼生はちゃんと知っていた。
わたしが毎晩来ていたことを。
「あの絵、描いといてよかった」
蒼生が言った。
「うん」
「結羽の地上、好きだったよ。下手くそだったけど」
「下手くそって言わないでよ」
蒼生は笑った。わたしも笑った。
こんなところで笑えるとは思わなかったけれど、ちゃんと笑えた。
「でも本当に好きだったよ。……結羽にしか描けない地上だったから」
わたしは何も言えなかった。
そのかわり、うなずいた。
窓の外に、冬の空が見えた。
まだ昼間だったから星はなかった。
でも、夜になったら出てくる。
シリウスとベテルギウスとプロキオン。
蒼生が好きだと言っていた三つの星が、今夜もあの場所にある。
「冬の大三角、今夜も見える?」
「見えると思う」
「そっか」
蒼生は窓の外を見た。
「俺も見たいな」
わたしは答えられなかった。
ドアの前で一度立ち止まる。
深呼吸をした。
泣かない、と言い聞かせる。
蒼生の前では、泣かない。
蒼生が笑っていられるように、わたしも笑う……そう決めた。
部屋の中は、静かだった。
ベッドの上に蒼生がいた。
薄い布団を掛けて、上半身を少し起こしている。
顔色が白くて、首がいつよりも細く見えた。
バスターミナルで会っていた蒼生より、ずっとずっと小さく見えた。
でも、わたしを見て笑った。
やっぱり、あの、絵本みたいな笑い方で。
「……会いに、来てくれたんだ」
「うん、会いに来たよ」
「ありがとう。嬉しいよ」
わたしはベッドの横の椅子に座った。
何を話せばいいかわからなかった。
蒼生も、しばらく黙ってわたしを見ていた。
何も話さなくても、よかったんだ、わたしたちは。
何気なく部屋の中を見回す。
部屋の壁に、スケッチブックが立てかけてあった。何冊も。
蒼生が描き続けてきた夜空が、この部屋に全部あるんだと思った。
あのバスターミナルで、わたしが来る前から、一人で、何年も。
「外、寒い?」
不意に蒼生が聞いてきた。
「うん……寒い」
「星、見えてる?」
「見えてるよ。昨日も数えようとした」
「数えられた?」
「途中でわからなくなっちゃった」
わたしの答えを聞いて、蒼生は少し笑った。
「俺も最初そうだったよ」
と言った。
「でも、毎晩来てたら、だんだん数えられるようになるから」
毎晩来てたら……その言葉が、胸に刺さる。
でもわたしは泣きそうになるのを我慢した。
泣かないと決めたから。
「……寒くなかったの?毎晩来て」
「寒かったよ」
そう言って、蒼生は笑った。
「でも来ちゃうんだよね。星が見たくて」
「わかる!わたしも来ちゃってた」
「知ってる」
蒼生はそう言って、また目を細めた。
知ってる……その一言が、なんだか嬉しかった。
蒼生はちゃんと知っていた。
わたしが毎晩来ていたことを。
「あの絵、描いといてよかった」
蒼生が言った。
「うん」
「結羽の地上、好きだったよ。下手くそだったけど」
「下手くそって言わないでよ」
蒼生は笑った。わたしも笑った。
こんなところで笑えるとは思わなかったけれど、ちゃんと笑えた。
「でも本当に好きだったよ。……結羽にしか描けない地上だったから」
わたしは何も言えなかった。
そのかわり、うなずいた。
窓の外に、冬の空が見えた。
まだ昼間だったから星はなかった。
でも、夜になったら出てくる。
シリウスとベテルギウスとプロキオン。
蒼生が好きだと言っていた三つの星が、今夜もあの場所にある。
「冬の大三角、今夜も見える?」
「見えると思う」
「そっか」
蒼生は窓の外を見た。
「俺も見たいな」
わたしは答えられなかった。


