「……蒼生」
「うん?」
「病気……なの?」
わたしは空を見たまま言った。
蒼生を見られなかった。
蒼生の答えによっては、泣いてしまいそうだったから。
視線を夜空に向けたまま、ただ言葉を出した。
体が少し震えているのが自分でもわかる。
わたしの問いかけに、蒼生は少し間を置いた。
風が一度吹いて、またやんだ。
バスターミナルの時計が、どこかで音を鳴らした気がした。
わたしがずっと抱えていた問いが、夜の空気の中に溶けていくような、長い沈黙だった。
「……うん」
蒼生は静かに答えた。
初めて、認めた。
わたしは空を見たまま、唇を噛む。
泣くまいと思った。でも目の奥が熱くなるのを止められなかった。
「……いつからなの?」
「生まれたときから、ずっと」
生まれたときから……その言葉が、胸の奥に重く落ちた。
わたしが絵を描けなくなったのはつい数ヶ月前だった。
でも蒼生は、生まれたときからずっと、病気と一緒に生きてきた。
ずっとこの体で、夜のバスターミナルへ来て、星を数えてきた。
「……実はもう、長くはない。いつ、死んでもおかしくないんだ」
わたしは何も言えなかった。
もう、長くない……?
胸の奥で、何かが音を立てて崩れた気がした。
「苦しくないの?……悲しく……ないの?」
もっと他に言葉があっただろう。
でも、やっと出てきた言葉が、それだった。
「うーん……苦しいとも、悲しいとも、感じたことが、今まで一度もないんだよね」
蒼生は不思議そうに言った。
責めているわけでも、強がっているわけでもない。
ただ、本当にそう思っているという顔だった。
「……どうして?」
「生まれたときからそうだったから。最初からこれが俺の体で、この体で生きてきたから。苦しい、悲しいって、何と比べてそう思うんだろうって」
わたしは蒼生の横顔をそっと見る。
彼は空を見上げたまま、いつもと同じ顔だった。
「もっと長く生きられたら、って思わないの?」
「思わないわけじゃない。でも、今ここにいるのは本当のことだから」
蒼生はそう言って、少し笑った。
「毎晩ここに来て、星を数えて、絵を描いてる。それが俺の生きてる形で、それで十分だと思ってる」
わたしは何も言えなかった。
十分、という言葉が、また胸に落ちた。
蒼生はいつも「十分だよ」と言う。
残したいものがあるから描く、それだけで十分。
今ここにいる、それで十分。
その言葉がどこから来るのか、今夜初めてわかった気がした。
生まれたときから病気で、命のタイムリミットがあって……それでも悲観したことがない。
そういう人が、わたしに「十分だよ」と言ってくれていた。
「怖く……ないの?」
「怖い。でもここに来ると、怖くなくなる」
「……なんで?」
「結羽がいるから」
その言葉に、わたしは息を止めた。
結羽がいるから……その一言が、わたしの中の何かを、ぎゅっと握りしめた。
嬉しかった。
でも同時に、胸が締め付けられるように痛かった。そんなふうに思ってくれていたんだ、と思った。
「そんなこと……言わないで」
声が、震えた。
「なんで?」
「……好きって言えなくなるから」
言ってしまってから、わたしは顔を両手で覆った。
頬が燃えるように熱かった。心臓がうるさかった。
こんな言い方をするつもりじゃなかった。
でも、自然と出てきてしまった。
あの日から絵を描けなかったみたいに、ずっと言えなかった言葉が、今夜だけ外に出てきた。
蒼生は何も言わなかった。
しばらくして、冷たい手が、わたしの手に触れる。
そっと、包み込むように。
掌を合わせるのではなくて、指の隙間に指を差し入れるようにして、ぎゅっと握った。
冷たかったけれど、しっかりと、確かな力で。
ただ、それだけで、言葉は何もなかった。
でも蒼生はわたしの手を握ったまま、また空を見上げた。
わたしも、泣きながら空を見た。
冬の大三角が、静かに輝いていた。
シリウスとベテルギウスとプロキオン。
三つの星が、ただそこにあった。
どれくらいそうしていたか、わからない。
泣き止んだころには、指の感覚がなくなるくらい冷えていた。
でも蒼生の手は離さなかった。
絶対に、離したくなかった。
「うん?」
「病気……なの?」
わたしは空を見たまま言った。
蒼生を見られなかった。
蒼生の答えによっては、泣いてしまいそうだったから。
視線を夜空に向けたまま、ただ言葉を出した。
体が少し震えているのが自分でもわかる。
わたしの問いかけに、蒼生は少し間を置いた。
風が一度吹いて、またやんだ。
バスターミナルの時計が、どこかで音を鳴らした気がした。
わたしがずっと抱えていた問いが、夜の空気の中に溶けていくような、長い沈黙だった。
「……うん」
蒼生は静かに答えた。
初めて、認めた。
わたしは空を見たまま、唇を噛む。
泣くまいと思った。でも目の奥が熱くなるのを止められなかった。
「……いつからなの?」
「生まれたときから、ずっと」
生まれたときから……その言葉が、胸の奥に重く落ちた。
わたしが絵を描けなくなったのはつい数ヶ月前だった。
でも蒼生は、生まれたときからずっと、病気と一緒に生きてきた。
ずっとこの体で、夜のバスターミナルへ来て、星を数えてきた。
「……実はもう、長くはない。いつ、死んでもおかしくないんだ」
わたしは何も言えなかった。
もう、長くない……?
胸の奥で、何かが音を立てて崩れた気がした。
「苦しくないの?……悲しく……ないの?」
もっと他に言葉があっただろう。
でも、やっと出てきた言葉が、それだった。
「うーん……苦しいとも、悲しいとも、感じたことが、今まで一度もないんだよね」
蒼生は不思議そうに言った。
責めているわけでも、強がっているわけでもない。
ただ、本当にそう思っているという顔だった。
「……どうして?」
「生まれたときからそうだったから。最初からこれが俺の体で、この体で生きてきたから。苦しい、悲しいって、何と比べてそう思うんだろうって」
わたしは蒼生の横顔をそっと見る。
彼は空を見上げたまま、いつもと同じ顔だった。
「もっと長く生きられたら、って思わないの?」
「思わないわけじゃない。でも、今ここにいるのは本当のことだから」
蒼生はそう言って、少し笑った。
「毎晩ここに来て、星を数えて、絵を描いてる。それが俺の生きてる形で、それで十分だと思ってる」
わたしは何も言えなかった。
十分、という言葉が、また胸に落ちた。
蒼生はいつも「十分だよ」と言う。
残したいものがあるから描く、それだけで十分。
今ここにいる、それで十分。
その言葉がどこから来るのか、今夜初めてわかった気がした。
生まれたときから病気で、命のタイムリミットがあって……それでも悲観したことがない。
そういう人が、わたしに「十分だよ」と言ってくれていた。
「怖く……ないの?」
「怖い。でもここに来ると、怖くなくなる」
「……なんで?」
「結羽がいるから」
その言葉に、わたしは息を止めた。
結羽がいるから……その一言が、わたしの中の何かを、ぎゅっと握りしめた。
嬉しかった。
でも同時に、胸が締め付けられるように痛かった。そんなふうに思ってくれていたんだ、と思った。
「そんなこと……言わないで」
声が、震えた。
「なんで?」
「……好きって言えなくなるから」
言ってしまってから、わたしは顔を両手で覆った。
頬が燃えるように熱かった。心臓がうるさかった。
こんな言い方をするつもりじゃなかった。
でも、自然と出てきてしまった。
あの日から絵を描けなかったみたいに、ずっと言えなかった言葉が、今夜だけ外に出てきた。
蒼生は何も言わなかった。
しばらくして、冷たい手が、わたしの手に触れる。
そっと、包み込むように。
掌を合わせるのではなくて、指の隙間に指を差し入れるようにして、ぎゅっと握った。
冷たかったけれど、しっかりと、確かな力で。
ただ、それだけで、言葉は何もなかった。
でも蒼生はわたしの手を握ったまま、また空を見上げた。
わたしも、泣きながら空を見た。
冬の大三角が、静かに輝いていた。
シリウスとベテルギウスとプロキオン。
三つの星が、ただそこにあった。
どれくらいそうしていたか、わからない。
泣き止んだころには、指の感覚がなくなるくらい冷えていた。
でも蒼生の手は離さなかった。
絶対に、離したくなかった。


