お互い何も聞かない。
それがこの場所のルールみたいになっていて、わたしはそれが心地よかった。
でも今は、知りたかった、と思った。
どこに住んでいるのか。
今夜来られないのはなぜなのか。
顔色が悪かったのは、どういうわけなのか。
不安で仕方のない日々を過ごした何日かが経過した夜、蒼生は突然、バスターミナルに姿を現した。
久しぶりに来た蒼生は、いつもより少し遅かった。
七番ベンチに座ってしばらくすると、蒼生がコートのポケットから小さなケースを取り出した。
薬のケースらしかった。
錠剤をいくつか取り出して、ペットボトルの水で飲んだ。
わたしは見てしまった。
見てしまってから、目をそらした。
見てはいけないものを見た気がした。
蒼生はケースをまたポケットにしまって、何事もなかったように空を見上げた。
「星、今日よく見えるね」
蒼生は言った。
いつもと変わらない、優しくて穏やかな声だった。
「……うん」
わたしはうなずいた。声が、少し震えていたかもしれない。
その夜、わたしはずっと蒼生の横顔を見ていた。
蒼生は気づいていないのか、気づいていて気づかないふりをしているのか、ただ星を数えていた。
三十二、三十三、四十——口の中でつぶやく声が、冬の夜気に白く溶けた。
何かある、と思った。
でも何が、とは言えなかった。
病気……という言葉が頭に浮かんだ。
でもそれを言葉にしてしまったら、何かが決定的に変わってしまう気がして、わたしは頭の中でその言葉を閉じ込めた。
閉じ込めても、消えなかった。
帰り際、蒼生がいつもより少しゆっくり歩いているように見えた。
気のせいかもしれなかった。
でも気のせいじゃないかもしれなかった。
バスターミナルの出口で、蒼生は一度立ち止まった。
何かを確かめるように、空を見上げた。
それから、また歩き始めた。
わたしはその後ろ姿を、見えなくなるまで見ていた。
家に帰って、布団に入っても、眠れなかった。
天井を見たまま、蒼生のことを考えた。
薬のケース、絵の具を塗ったように白い顔色。
来ない夜が増えたこと、早く帰った夜のこと。
「慣れてる」という口癖に、暗い部屋が怖いという言葉。
好きなものを持つのは怖いという言葉。
全部を並べると、何かが見えてくる気がした。
でも見たくなかった。
見てしまったら、もう知らなかったことにはできないから。
確実にわたしは蒼生のことが好きだった。
もうそれははっきりとわかっていた。
だからこそ、怖かった。
好きな人に、何かある、と思うことが。
その「何か」が何なのかを、知ってしまうことが。
怖い、という気持ちと、知りたい、という気持ちが、胸の中でぶつかり合っていた。
知らないままでいたかった。
でも知らないままでいることも、もうできない気がした。
次に蒼生が来たとき、聞こうと思った。
大丈夫?じゃなくて、もっとちゃんと聞こうと思った。
何かあるの、と。答えてくれなくてもいいから、絶対に聞こうと思った。
窓の外に、星が見えた。
冬の大三角が、今夜もそこにあった。
蒼生が好きだと言っていた三つの星が、何も変わらずそこにあった。
星は何も知らない。
ただそこにいる。
それが、今夜はなぜかうらやましかった。
それがこの場所のルールみたいになっていて、わたしはそれが心地よかった。
でも今は、知りたかった、と思った。
どこに住んでいるのか。
今夜来られないのはなぜなのか。
顔色が悪かったのは、どういうわけなのか。
不安で仕方のない日々を過ごした何日かが経過した夜、蒼生は突然、バスターミナルに姿を現した。
久しぶりに来た蒼生は、いつもより少し遅かった。
七番ベンチに座ってしばらくすると、蒼生がコートのポケットから小さなケースを取り出した。
薬のケースらしかった。
錠剤をいくつか取り出して、ペットボトルの水で飲んだ。
わたしは見てしまった。
見てしまってから、目をそらした。
見てはいけないものを見た気がした。
蒼生はケースをまたポケットにしまって、何事もなかったように空を見上げた。
「星、今日よく見えるね」
蒼生は言った。
いつもと変わらない、優しくて穏やかな声だった。
「……うん」
わたしはうなずいた。声が、少し震えていたかもしれない。
その夜、わたしはずっと蒼生の横顔を見ていた。
蒼生は気づいていないのか、気づいていて気づかないふりをしているのか、ただ星を数えていた。
三十二、三十三、四十——口の中でつぶやく声が、冬の夜気に白く溶けた。
何かある、と思った。
でも何が、とは言えなかった。
病気……という言葉が頭に浮かんだ。
でもそれを言葉にしてしまったら、何かが決定的に変わってしまう気がして、わたしは頭の中でその言葉を閉じ込めた。
閉じ込めても、消えなかった。
帰り際、蒼生がいつもより少しゆっくり歩いているように見えた。
気のせいかもしれなかった。
でも気のせいじゃないかもしれなかった。
バスターミナルの出口で、蒼生は一度立ち止まった。
何かを確かめるように、空を見上げた。
それから、また歩き始めた。
わたしはその後ろ姿を、見えなくなるまで見ていた。
家に帰って、布団に入っても、眠れなかった。
天井を見たまま、蒼生のことを考えた。
薬のケース、絵の具を塗ったように白い顔色。
来ない夜が増えたこと、早く帰った夜のこと。
「慣れてる」という口癖に、暗い部屋が怖いという言葉。
好きなものを持つのは怖いという言葉。
全部を並べると、何かが見えてくる気がした。
でも見たくなかった。
見てしまったら、もう知らなかったことにはできないから。
確実にわたしは蒼生のことが好きだった。
もうそれははっきりとわかっていた。
だからこそ、怖かった。
好きな人に、何かある、と思うことが。
その「何か」が何なのかを、知ってしまうことが。
怖い、という気持ちと、知りたい、という気持ちが、胸の中でぶつかり合っていた。
知らないままでいたかった。
でも知らないままでいることも、もうできない気がした。
次に蒼生が来たとき、聞こうと思った。
大丈夫?じゃなくて、もっとちゃんと聞こうと思った。
何かあるの、と。答えてくれなくてもいいから、絶対に聞こうと思った。
窓の外に、星が見えた。
冬の大三角が、今夜もそこにあった。
蒼生が好きだと言っていた三つの星が、何も変わらずそこにあった。
星は何も知らない。
ただそこにいる。
それが、今夜はなぜかうらやましかった。


