聞きたい事はたくさんあったけれど、わたしもそれ以上は聞く事ができなかった。
その夜、蒼生はいつもより口数が少なかった。
いつもはわたしに話しかけてきてくれるのに、その夜はほとんど黙って空を見ていた。
鉛筆を動かす手も、いつもより遅かった。
わたしはちらちらと蒼生の横顔を見ながら、絵を描いた。
描いているふりをしながら、蒼生のことを見ていた。
大丈夫なのだろうか。
何かあったのだろうか。
すごくすごく聞きたい気持ちでいっぱいだった。
でも、やっぱり聞けなかった。
その夜、蒼生は珍しくわたしより先に席を立った。
スケッチブックを閉じて、「今日はここまで」と言って、立ち上がったのだ。
描いたのは一枚だけだった。
いつもは二枚、三枚と描くのに。
「また来る?」
と、わたしは思わず聞いてしまった。
今まで聞かなかったのに、その夜は聞かずにいられなかった。
「うん」
蒼生は言った。
でも「いつ」とは言わなかった。
彼と一緒にわたしも帰ろうと立ち上がったけれど、蒼生は手で制止した。
「結羽はまだ途中でしょ?いいから続けて?」
「でも……」
「今日の景色は今日しかないから……ね?」
出会って初めて、蒼生に指示されたと思う。
正直、描き続けられる気分ではなかったけれど、蒼生に言われたら続けるしかなかった。
遠ざかる彼を見送りながら、わたしは鉛筆を動かす。
蒼生の背中が夜の中に消えてから、わたしはしばらく七番ベンチに座っていた。
冷たいベンチ、錆びたプレート、自動販売機の白い光……。
いつもと同じ景色のはずなのに、今夜はなぜか、全部が少し遠かった。
それから、また来ない夜が続いた。
二日空いて、三日空いて、四日空いた。
晴れた夜でも来なかった。
わたしは毎晩七番ベンチで待って、来なければ一人で空を見て、家に帰った。
来ない夜が続くうちに、わたしはだんだん不安になっていった。
最初は「体調が悪いだけかもしれない」と思っていた。
でも四日も五日も続くと、そう思えなくなってきた。
蒼生の顔色。
早く帰った夜。
「今日はここまで」という言葉……それらが、頭の中でぐるぐると回った。
何かがある、という感覚が、少しずつ大きくなっていった。
蒼生のことで、わたしが知っていることを数えてみた。
名前、好きな星座。
スケッチブックを何年も描き続けていること。
夜明けの青がわたしの好きな色だと知っていること。
「慣れてる」という言葉をよく使うこと。
暗い部屋が怖いこと。
好きなものを持つのは怖いと言っていたこと。
ただ、それだけだった。
住所も、学校も、家族のことも……何も知らなかった。
連絡先さえ知らなかった。
来ない夜に、連絡する手段がなかった。
ただ待つしかなかった。
それでよかったはずだった。
その夜、蒼生はいつもより口数が少なかった。
いつもはわたしに話しかけてきてくれるのに、その夜はほとんど黙って空を見ていた。
鉛筆を動かす手も、いつもより遅かった。
わたしはちらちらと蒼生の横顔を見ながら、絵を描いた。
描いているふりをしながら、蒼生のことを見ていた。
大丈夫なのだろうか。
何かあったのだろうか。
すごくすごく聞きたい気持ちでいっぱいだった。
でも、やっぱり聞けなかった。
その夜、蒼生は珍しくわたしより先に席を立った。
スケッチブックを閉じて、「今日はここまで」と言って、立ち上がったのだ。
描いたのは一枚だけだった。
いつもは二枚、三枚と描くのに。
「また来る?」
と、わたしは思わず聞いてしまった。
今まで聞かなかったのに、その夜は聞かずにいられなかった。
「うん」
蒼生は言った。
でも「いつ」とは言わなかった。
彼と一緒にわたしも帰ろうと立ち上がったけれど、蒼生は手で制止した。
「結羽はまだ途中でしょ?いいから続けて?」
「でも……」
「今日の景色は今日しかないから……ね?」
出会って初めて、蒼生に指示されたと思う。
正直、描き続けられる気分ではなかったけれど、蒼生に言われたら続けるしかなかった。
遠ざかる彼を見送りながら、わたしは鉛筆を動かす。
蒼生の背中が夜の中に消えてから、わたしはしばらく七番ベンチに座っていた。
冷たいベンチ、錆びたプレート、自動販売機の白い光……。
いつもと同じ景色のはずなのに、今夜はなぜか、全部が少し遠かった。
それから、また来ない夜が続いた。
二日空いて、三日空いて、四日空いた。
晴れた夜でも来なかった。
わたしは毎晩七番ベンチで待って、来なければ一人で空を見て、家に帰った。
来ない夜が続くうちに、わたしはだんだん不安になっていった。
最初は「体調が悪いだけかもしれない」と思っていた。
でも四日も五日も続くと、そう思えなくなってきた。
蒼生の顔色。
早く帰った夜。
「今日はここまで」という言葉……それらが、頭の中でぐるぐると回った。
何かがある、という感覚が、少しずつ大きくなっていった。
蒼生のことで、わたしが知っていることを数えてみた。
名前、好きな星座。
スケッチブックを何年も描き続けていること。
夜明けの青がわたしの好きな色だと知っていること。
「慣れてる」という言葉をよく使うこと。
暗い部屋が怖いこと。
好きなものを持つのは怖いと言っていたこと。
ただ、それだけだった。
住所も、学校も、家族のことも……何も知らなかった。
連絡先さえ知らなかった。
来ない夜に、連絡する手段がなかった。
ただ待つしかなかった。
それでよかったはずだった。


