きみと描いた星空は、まだ消えない

わたしは少し驚いて、蒼生を見てしまった。

でも蒼生はスケッチブックを見たまま、鉛筆を動かしていた。

聞いたことを忘れたみたいに、ただ描いていた。


「……先生が家に来て」


わたしはぽつりぽつりと力なく、話し始める。


「みんな心配してるって……」

「そっか」

「……うん」

「嬉しくなかった?」


わたしは少し考えた。


「……嬉しくなかった」

「なんで?」

「……心配してるみんなって、誰のことかわからなかったから。心配しているわけがないのに」


言ってしまってから、わたしは口をつぐんだ。

誰からも心配されていない事を悲観しているように思われたかもしれない。

決してそんな事はない。

わたしの事は気にしなくていい。

ただ、わたしの世界に土足で踏み込んできて欲しくなかっただけだった。

こんなことを蒼生に話すつもりじゃなかった。

でも出てきてしまった。

蒼生は何も言わなかった。

ただ、鉛筆の音だけが続いた。

その沈黙が、居心地よかった。

責めるわけでもなく、慰めてくれるわけでもない。

ただ聞いてくれて、それだけで、少し楽になった。

全部話したわけじゃないけれど、一番重いところだけ、出てきた。

わたしにとっては、それで十分だった。



しばらくして、空から細かい雨粒が落ちてきた。

最初は気づかないくらいの小雨だった。

でも少しずつ、強くなってきた。

スケッチブックに小さな染みができてくる。

蒼生が「移動しよう」と言って、二人で屋根のある待合スペースへ駆け込んだ。

わたしのコートの肩が濡れた。

蒼生のベンチコートも、点々と丸く濡れている。

待合スペースのベンチに並んで座った。

外では雨が本降りになっていた。

バスターミナルの地面に、雨粒がいくつも円を描いては消えていく。

街灯が雨に揺れて、光がにじんでいた。

水の音が、いつもの静寂を全部塗り替えていく。

星は完全に見えなくなってしまった。

スケッチブックも出せない。

でも蒼生は帰らずにここにいる。

わたしもここにいた。

それだけで、何か十分な気がした。