十二月になった。
バスターミナルの夜は、一段と冷えた。
わたしは手袋とマフラーをつけて来るようになったが、蒼生はあいかわらず黒いベンチコートだけだった。
「寒くないの?」
と聞くと、
「慣れてる」
と言うだけだった。
その「慣れてる」という言葉に、何か引っかかりを覚えながら、わたしはそれ以上聞けなかった。
ある夜、蒼生が
「結羽は、何かやめたことある?」
と珍しく聞いてきた。
空を見ながら、なんでもないように。
でもその質問は、わたしの胸の奥のどこかを、まっすぐ刺した。
やめた事なんて、数えるのも嫌になるほどたくさんある。
「……絵を描く事」
数ある中から、思っていたより、すんなり出てきた言葉だった。
あの日から、誰にも言わなかったのに、言えなかったのに。
家族にも話せなかったのに、蒼生に聞かれたら、するりと出てきた。
「絵……か」
「……うん。ずっと好きだったけど……いろいろあって。やめた」
蒼生はそれ以上聞かなかった。
「そうか」
とだけ言って、また空を見た。
責めることも、慰めることも、励ますこともなかった。
ただ「そうか」と言って、受け取った。
……でも、蒼生に何となくだけど、聞いてもらいたくなった。
同調して欲しいわけでもなく、慰めて欲しいわけでも励まして欲しいわけでもない。
ただ、何も言わずに聞いてほしかった。
「……描いた絵を誉められたの。下描きだったけど」
わたしが話し出すと、蒼生は空を見上げて星を数えるのをやめた。
静かにわたしの方に視線を移す。
「学校でそんな誉められた事なんて滅多にないから嬉しくて。その子は市の絵画コンクールで賞をとった。……でも、その絵はわたしが見せた下描きそのものだった。構図も空の描き方も、地面の奥行きも全て。違ったのはタイトルだけ」
思い出すたびに胸が苦しくなって、それから逃げるようにずっと心にふたをし続けてきた。
なのに今、自分からそのふたを開けて、蒼生に話している。
不思議と胸の痛みも辛さもなかった。
黙って話を聞いてくれている、蒼生の空気がそうさせてくれているのかもしれない。
バスターミナルの夜は、一段と冷えた。
わたしは手袋とマフラーをつけて来るようになったが、蒼生はあいかわらず黒いベンチコートだけだった。
「寒くないの?」
と聞くと、
「慣れてる」
と言うだけだった。
その「慣れてる」という言葉に、何か引っかかりを覚えながら、わたしはそれ以上聞けなかった。
ある夜、蒼生が
「結羽は、何かやめたことある?」
と珍しく聞いてきた。
空を見ながら、なんでもないように。
でもその質問は、わたしの胸の奥のどこかを、まっすぐ刺した。
やめた事なんて、数えるのも嫌になるほどたくさんある。
「……絵を描く事」
数ある中から、思っていたより、すんなり出てきた言葉だった。
あの日から、誰にも言わなかったのに、言えなかったのに。
家族にも話せなかったのに、蒼生に聞かれたら、するりと出てきた。
「絵……か」
「……うん。ずっと好きだったけど……いろいろあって。やめた」
蒼生はそれ以上聞かなかった。
「そうか」
とだけ言って、また空を見た。
責めることも、慰めることも、励ますこともなかった。
ただ「そうか」と言って、受け取った。
……でも、蒼生に何となくだけど、聞いてもらいたくなった。
同調して欲しいわけでもなく、慰めて欲しいわけでも励まして欲しいわけでもない。
ただ、何も言わずに聞いてほしかった。
「……描いた絵を誉められたの。下描きだったけど」
わたしが話し出すと、蒼生は空を見上げて星を数えるのをやめた。
静かにわたしの方に視線を移す。
「学校でそんな誉められた事なんて滅多にないから嬉しくて。その子は市の絵画コンクールで賞をとった。……でも、その絵はわたしが見せた下描きそのものだった。構図も空の描き方も、地面の奥行きも全て。違ったのはタイトルだけ」
思い出すたびに胸が苦しくなって、それから逃げるようにずっと心にふたをし続けてきた。
なのに今、自分からそのふたを開けて、蒼生に話している。
不思議と胸の痛みも辛さもなかった。
黙って話を聞いてくれている、蒼生の空気がそうさせてくれているのかもしれない。


