執事じゃないと言えないコト

「背筋に意識がいっていませんよ、ベディヴィエール」
「は、はい! スミスさん!」
「笑顔を忘れておりますね。執事たるもの、常に主君へは笑顔で」
「はい! スミス先輩!」
「声を張り上げない。相手を声量だけで不安にさせてどうするのですか?」
「……は、はいッ。スミスさん」

 き、きっつ――――ッ!
 普段使わない、全身の筋肉と表情筋が悲鳴を上げている。
 あぁ、明日は筋肉痛だよこれ。

「よし。一度、体を楽にしてください」
「は、はいぃぃ……」
「返事は端的に、心地よい程度にサッと」
「ハイッ」

 ようやく体の力を抜いて、一息。
 つ、つかれた……

「休憩は10分とします」
「はい、わかりました」

 さて、入部許可と同時に、僕は何をやっているのか。
 単純明快なこと。
 執事としての立ち振る舞いを、スミスさんから徹底的に叩き込まれている。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 それは、立ち振る舞い講座を始める30分前のこと。
 たわいもない雑談のように、セバスチャンさんが語った言葉が始まりだった。

「スミスというのは、英語圏で最もありふれた苗字であり、職人であり鍛冶屋だ」
「……職人で鍛冶屋、ですか?」
「中世ヨーロッパでは、生活や戦争に不可欠な道具を作る『村の最重要人物』さ」

 へぇ~、そんな意味が。
 名前だけのイメージだと、実直で、控えめ。
 主人を立てる『完璧な影』といった、まさに参謀! って感じなのに。

「では問題。執事にとって、その不可欠な道具とは何か? 分かるか、ベティ」
「んー……と。服装とか、カップとか、お茶とか? ですか、セバスチャンさん」
「ブー、ハズレ。正解は立ち振る舞い。執事の評価と態度は、主君のものと同義だ」
「そんな大げさな」
「そうでもないんだわ、これが」

 ふぅ、とセバスチャンさんはため息をつく。

「オレらがお客人の名前を間違えると、それは主君が覚えていないと同義になる」
「なっ!?」
「お客人を乱暴に扱うと、それは主君が相手をそう扱うと思われる」
「乱暴な理論じゃないですか!」
「だが、それが執事だ」

 自分のミスは、主君がおかしたミス。
 己が非を責められるなら、まだ我慢は出来る。
 だけど、守るべき人がいわれない叱責を問われるのは、違うよ……ッ!

「そんなことにならないためにも、オレらは完璧でなければならない。おっけぃ?」
「……はいッ」

 琴音が、僕のミスで誰かに責められる。
 そんな光景、絶対に見たくない!

「で、それに関する教育は、スミスが最も適任だ」

 セバスチャンさんは、意地悪な笑顔を浮かべた。

「なんせアイツは、その道のプロを目指す生粋の職人だからな」
「プロを?」
「そう。しかも絶対に必要不可欠な存在、そのトップを目指しているからな」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 ってわけで始まった、執事たるもの立ち振る舞いを完璧に、作戦。
 なんだけど……

「言葉を発せずとも、姿勢や雰囲気だけで、覚悟や品格は周囲に伝わるもの」
「っ、はいッ」
「まずは、行動ですべてを黙らせる。そのつもりで、背筋を伸ばす」
「はいっ――――……!」

 やっぱり、キツイよ―――!
 心が折れそうー! だけど、絶対に折れてなんかやらねぇ―――ッ!

「いいですか、ベディヴィエール。行動が伴えば、言葉はより強く相手に響くもの」
「はいッ……え、はい?」
「逆の場合であれば、不快感を強く抱くことになります」

 うぅ、意味がちょっと分からない。
 そんな僕の心の声に気づいたかのように、スミスさんは少し考えこみ。

「例えば、廊下を全力で走り、ぶつかりそうになったら『危ないだろ、前を見ろ』」
「ブーメラン。お前が言うな、って状況じゃないかと」
「その通りです。行動と言葉を一致させることこそが、よき執事としての第一歩」
「わかりました! ビシバシお願いします、スミスさん!」
「はい、わかりました。にしても……ふふっ」

 思い出し笑いのように、スミスさんは小さく微笑んだ。
 わっ、そんな表情もできるんだ。
 完璧な参謀系でパーフェクト執事なスミスさんでも、普通の人というかさ。
 人間らしさが、今の笑顔から感じ取れた。

「素直な方は、魅力的なのですよ」
「? そうなんですか」
「えぇ。わたくしには、なかなかに難しいことなのですが」

 素直なスミスさんかぁ……
 今日までの雰囲気だけなら、どっちかというと事実確認系だよな。
 しっかりと現実を見て動く、というか。

「んー……素直というか、僕の場合はそれしか思いつかないというか」

 琴音のことは、僕にだってダメな部分はあった。
 もっと早く、勇気を出すべきだったとか。
 自分を信じられるように、何か1つでも打ち込めるものを作って入れば、とか。

「後悔と、今まで動かなかった分を必死に取り戻しているだけです」
「そういうところが、素直なのですよ。己の非を認めるのは難しい」

 うらやましい限りです。
 と、スミスさんは言った。
 そんな彼の表情は、少しだけ寂しげで、羨望の色を浮かべていた。