執事じゃないと言えないコト

 あれから数日が経った。
 今回の騒動は、無事にひと段落。
 あの後、小竹先輩は部活の顧問に相当絞られたらしい。
 結果、テニス部から自主退部した……というのは、琴音からの情報である。
 ようやく、いつも通りに部活動が出来ると喜んでいた。
 彼女に笑顔が戻り、実に嬉しいのだが

「自分が最大のライバルとか、冗談がひどすぎる……」

 執事喫茶部を掃除しつつ、僕は、人生最大級に落ち込んでいた。
 そう、気づいてしまったんだよ。
 気付きたくなかったけど。

「このまま執事として実力を上げるほど、僕が僕に勝てないじゃん!」
「うーん、面白いブーメランくそわろ」
「そういってはいけませんよアルフレッド。超えるべくは己、素敵じゃない?」
「どこがですか……ッ!?」

 スミスさんの言葉に、思わず声を大にしてしまう。

「だって、彼女の一番星はキミ。それを超えるのもキミ」
「うっ……ぐっ……」
「ははっ、ベディが凄くなるほど、春樹お兄ちゃんがムリゲーだー」
「笑いごとじゃないからな!? アルフレッドさん!」

 そこなんだよ!
 琴音の一番星になりたい、と思って入部した執事喫茶部。
 現在は、それか完全な足かせというか。
 自ら自滅している感じがするといいますかね!?

「んじゃ、彼女の一番星を『春樹』は諦めるのか?」

 そこにかけられた、セバスチャンさんの声にビックリする。

「嫌だ」

 スッ、と出た言葉はそれだった。
 条件反射に近く、僕自身も思わず驚いてしまう。
 ……びっくりした。
 したけど……うん

「絶対に嫌だ、琴音の一番星は『僕』だ!」
「そのいきだ、春樹くん」
「……けどなぁぁ……ベディヴィエールがなぁ……」
「あ、彼女に正体ばらしたらもちろん退学な」
「はぁ!?」
「例外は認めねぇ。当たり前だろ」

 うぐっ、それを言われると。
 あれ、でも。

「執事の僕と琴音が付き合うのは、執事喫茶的にオッケーなんですか?」
「その心配は無用ですよ、ベディヴィエール。なぜなら……」
「なら……?」
「新人でまだ固定客がおらず、彼女一筋であれば、需要はアリもアリです」

 さっぱり意味が分からない。
 その内容の、どこに、需要が?

「あー、このあたりはボクら男にはわからない世界だからさ、気にしないでよ」
「……年下も年下のアルフレッドさんに諭されるのは、ちょっとショック」
「ひっどー!?」

 ベディヴィエールがいじめるー!
 と、アルフレッドさん。
 本当に都合のいいときだけ、小学生の立場をー!

「けどまぁ、退学だけは回避しますよ。琴音と同じ学校。それが僕の進学理由だし」

 本当に、どうやって倒そうね僕自身を。
 今後、執事としての力量を磨くほど、太刀打ちが出来なくなる。
 というか、琴音がメロメロになったらやばくない?
 ……おかしい、両想いになったのに、片思いが続いているというか。
 むしろ危機感がより募ったというか。

「あのー、すいません」

 再び落ち込みそうになった時、ノック音の後、声がした。
 慌てて振り返ると、ドアから顔を覗かせた琴音の姿が。

「琴音!……お嬢様」
「お疲れ様、ベディさん。一緒に帰りたいなって」
「っ! もちろん! すぐ片付け終わらせますので!」

 うわー! うわー!
 護衛じゃなくて、普通に一緒に帰れる!
 ベディヴィエールだけど、一緒に帰れるー!

「わー、うかれてるぅ」
「仕方ないかと。セバスチャン、少し相手をしてください。片付け終わらせます」
「あいよ。つーわけで、お嬢様。しばしこちらでお待ちを」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「先日は、怖い思いをさせてしまい申し訳ありませんお嬢様」
「いいえ。気にしないでください、セバスチャンさん」

 掃除を終えるまでのわずかな間。
 ソファに腰かけた琴音に、セバスチャンは声をかける。

「……ところで、1つご質問を。あなたは気づいていますよね?」
「なんのことですか?」

 彼の問いに、琴音は笑顔で答えた。
 しばし、沈黙が続いたのち……

「まぁ、そうですね。十年以上前からの一目惚れなんです、彼のこと」
「おやおや、凄まじいのろけだ」
「当たり前です。……少し疎遠になった時は悲しかったけど」

 なにを、と明言はしない会話が続く。
 なのに明確な答えを持って、2人の言葉は紡がれてゆく。

「部活の先輩から、噂で聞いてます。この部の人たちは正体がバレたら退学だと」
「いやはや、人の口に戸は立てられませんね」
「小竹先輩もそれを知っていたから、探し回っていましたから」
「……では、どうかご内密に。せっかくの学生ライフがパァだ。おっけぃ?」
「えぇもちろん。ただ……」

 琴音は、不敵な笑みを浮かべる。
 恐らくは、彼女の想い人には見せないであろうそれを。

「卒業式までに告白してこなかったら、振っちゃうかも」
「手厳しい」
「琴音お嬢様! お待たせいたしました!」

 そこに掃除を終えたベディヴィエールがやって来る。

「セバスチャンさん、また明日」
「ほいほい、遅刻すんなよ新人」
「わかっています。琴音お嬢様、お手をどうぞ」
「うん!」

 微笑ましいカップルを見送り、セバスチャンはため息を吐く。

「いやー、凄まじい両片思いを見たぜ」
「ですね。彼、いつ気づくのやら」
「当面無理じゃない? 意外とにぶちんだよ、ベディお兄ちゃんってさ」

 卒業式までに、春樹は琴音に告白できるのか。
 ベディヴィエールという己自身を、超えることはできるのか。
 大きな課題を残しつつも……

「今日も星が綺麗ですね、琴音お嬢様」
「そこは、月じゃないんですか? ベディさん」
「……え!?」

 とりあえずは、今、目の前にある幸せを噛み締める春樹なのであった。