執事じゃないと言えないコト

 夜空には星がたくさん浮かんでいる。
 こんなに綺麗に見えるのって、珍しいというか……

(あんまり、意識して見上げたことがなかったかも)

 じゃあ、なぜ今、そんなことを思うのかって。
 琴音が隣にいて、下手に喋ると正体がバレるからです!
 仮にバレても先輩たちが危惧することはしないだろうけどさ。

(セバスチャンさんに釘刺されたもんなぁ……)

 前提は作るべからず。
 1度、例外を許す前提を作ると、のちに『なぜ自分ダメか』と言われる。
 結果として、なし崩し的にルールが形骸化すると。

(……とにかく、琴音の家、にして僕の家近くまで頑張ろう)

 だけど、慣れかけた下校路がいつもより長く感じる。
 なんなんだろうなー、この現象は!

「あの、ベディヴィエールさん」
「……ッ!? はい、なんでしょうか」
「変な質問なんですけど……どうして、執事になろうと思ったんですか」
「えっ」

 思わず足を止めかける。
 理由……理由は、目の前にいる琴音なんだけど。
 それ、言えるわけないじゃん――――ッ!

「ご、ごめんなさい。言いにくかったらいいの。ちょっと気になって」

 でも、琴音の質問をはぐらかすのは、何か嫌だ!
 せ、せめてちょっと抽象的に、ふわっ、とした感じで……えっと!

「……一番星に、なりたいんです」
「いちばんぼし?」
「はい。僕の名であるベディヴィエールは、アーサー王の騎士にして執事で」

 琴音のことだとは、言えない。
 それでも僕なりの言葉で、伝えたい。
 まだ、何者にもなれていない。
 胸を張って自分であると言えない僕なりの、せいいっぱい。

「大事にしたい人を守れたらと、思っているんです」
「……いいなぁ、そういう風に思ってもらえる人がいて」
「そうですか?」
「うん。私なんて、最近、全然いいことが無くて……」

 琴音はため息を吐く。

「テニス部でもっと練習して大会に出たいのに、邪魔が入るし」
「邪魔?」
「シングルでやりたいのに、ダブルス組めー! ってうるさい人がいてね」

 それってまさか、小竹先輩か?

「おまけに、勝手に彼女認定までしてきて。やんなっちゃう!」

 確定、小竹先輩だ。
 というか、あの人もテニス部だったのか。
 ……アルフレッドさん(小学生版)と会った時、サボってたってことじゃん!

(だーめだあの人、どうしようもないな……)

 ちょっと、あんな奴に嫉妬していた自分が恥ずかしい。

「……今日だって、そのせいで練習できなかったし」
「そうだったんですね」
「うん……このままだと、部活、やめないとかも」
「ッ! それは、ダメです! せっかく、頑張ってきたんだから!」

 頑張って、毎日走り込みをしていたことを知ってる。
 一緒に受験勉強している間も、筋トレを欠かさなかったのを見ている。
 絶対に、両親を見返したいって気持ちも……!

「諦めちゃダメ……ですよ」

 って、あっぶな!?
 素でめっちゃ喋ってなかったか、僕。
 うわー、うわー、頼むから気づかないでよ琴音ー!

「……ふふっ、おかしなベディヴィエールさん」

 そんな僕に対し、琴音はクスクスと笑う。

「でも、ちょっと元気が出た。ありがとうございます」
「いえ! いえ……少しでもお嬢様のお気持ちが晴れたのであれば」
「琴音です。柚葉琴音」
「……?」
「自己紹介、まだだったなーって」
「あぁ、そういう。では僕も……ベディヴィエールと申します」

 お互い、小さく会釈。
 だけど、すぐにおかしな雰囲気に笑い出す。

「ところで、琴音お嬢様のお宅は……あちらでしたよね」
「うん、そうだけど……なんで知ってるの?」

 ……わー! わー! わー!
 なんで速攻で油断したんだー!
 えーっと、この場合の言い訳は……

「実は、スミスさんから情報をお預かりしておりまして」
「あぁ、あの人。すっごい情報通で、全生徒のこと把握してるって友達が言ってた」

 なにその噂。
 あながち間違いじゃなさそう。
 タカラジェンヌを目指す過程で、利用できそうなものは全部使うタイプだもん。

「で、その情報源はアルフレッドさんだとか」
「……え!? それは僕も初耳」
「えー、部員なのに? って、そっか。ベディさん、入部したてだもんね」

 さらっ、とベディと呼ばれてしまった。
 ちょっと嬉しいんですけど。
 あと、癒しというか。
 他にベディ呼びする人が、セバスチャンさんと、アルフレッドさんだから余計に。

「今日は護衛して貰って、ありがとうございます」

 少し駆け足で琴音が僕から離れる。
 自宅前のドアで振り返り、嬉しそうに彼女はそう言った。

「いいえ。僕も楽しい時間を過ごせました」
「そっか。それなら良かった! あの……ベディさん」
「はい、なんでしょうか」
「また、執事喫茶部へ行ったらお話してくれますか?」
「もちろん。いつでもお帰りをお待ちしております」

 右足を一歩引き、会釈をする。

「それでは、おやすみなさいませ。良い夢を」
「うん。おやすみなさい、ベディさん」

 ガチャリと、ドアが閉まる音。
 それを聞いて、僕は顔を上げる。
 琴音は、まだ、誰とも付き合ってない。
 その事実がジワジワと、僕の中で喜びに変ってゆく。

「っしゃ!」

 ガッツポーズと共に、にやける頬。
 うわー、執事喫茶部のメンバーに見られたら絶対にからかわれてたよ。
 さてと……さすがにこのまま、すぐそこの自宅へ戻るわけにはいかないか。

「学生寮に戻るかな……ん?」

 ピピピッ、とスマホの音がなった。
 何かメッセージ?
 そう思って、懐から取り出して内容を確認すると……

【周囲を見回したり、声をあげず、一度部室に戻れ。ストーキングされてる】