僕が琴音のことを好きだと自覚したのは、かなり遅かった。
物心ついた頃から、彼女とは常に一緒。
母親同士の仲が良く、ときどき冗談で『将来結婚したりしてねー』と言っていた。
―――正直、最初はそれが凄く嫌だったんだよね。
勝手に自分に未来を決められている、というのもあった。
小さい頃から、琴音はなんでもそつなくこなしていて。
コミュニケーションも、勉強も、勉強も、なんでも。
劣等感というか……なにをやっても負ける自分にムカついて。
「ねー、春樹! 一緒に宿題を……」
「ごめん。用事があるから、また今度で」
小学3年生でクラスが分かれて、交流は一気に減った。
正直、ホッとしたんだよね、この時は。
だけど、母さんが日課のように琴音の話題を振ってきた。
『そういえば琴音ちゃん。今度、テニスを始めたんですって』
『琴音ちゃん、テストで満点だったってー! すごいわよね』
『やっぱり博識よね、琴音ちゃん。気になったから調べたってホント偉い!』
自分の息子じゃなくて、友達の子供ばかり褒める母さんにも、うんざりで。
極力、琴音を見かけても避けるようになった。
「春樹知ってる? 琴音ちゃん、聖鳳学園を受験するらしいわよ」
「へー……」
どうせ成績が振るわない僕には、関係ない。
そう思っていた時だった。
「春樹。あんたも琴音ちゃんを見習って、少しは勉強したらどうなの?」
「~~~っ、あーもー! うるさい! いつも琴音、琴音って!」
長い間、積もりに積もったうっぷんが爆発した。
「そんなに羨ましいなら、僕じゃなくて、琴音の母親になればいいんだよ!」
「ちょっと、春樹!?」
勢いのまま、家を飛び出した。
向かう先は決まっていなくて、適当に街中を走り回って。
やがて、近くの河川敷に辿り着いたところで、僕は疲労で座り込んだ。
「あれ、春樹?」
「ッ!」
今、一番聞きたくない声が耳に届いた。
恐る恐る、視線をそちらに向けると
「やっぱりー! 久しぶり……って、泣いていたの? おばさんと喧嘩?」
走っている途中だったのか、ラフな格好で足踏みを続ける琴音がいた。
「べ、別に……」
「その雰囲気だと飛び出してきたばっかりだよね。わかった、20分待って!」
「へ!? ちょ、琴音!」
「すぐ走り終わるから、その間に春樹も落ち着いててねー!」
そういうと、彼女はそのまま河川敷を走り出した。
呆気に取られたものの……
「おまたせ!」
20分後、本当に彼女は戻ってきた。
「ごめんね。今日のノルマまだだったし、落ち着くの待った方がいいかなって」
「テニスをやるための?」
「うん、体力づくり。始めたばかりだし、すぐへばっちゃう」
「うっそだあ」
「嘘じゃないよ。ちゃんとしたスポーツするのって、初めてだもん」
全然だよ。と、琴音はいった。
「20分ずっと走っていたの?」
「ううん、1時間」
「いちっ!?」
「やっとそれだけ継続して走れるようになったの。1か月かかった」
1か月も、ずっと。
僕だったら、3日で絶対に飽きちゃうよ。
「それに、行きたい中学校も見つけたし」
「……聖鳳学園、だっけ」
「おばさんから聞いたんだよね。私も聞いているよ、春樹のこと」
「どぉせ、勉強しない、運動もできないダメ息子扱いだよ絶対」
口から出るのは、嫌味ばかり。
なんだか、すごく感じが悪いよな……今の僕。
「琴音が羨ましい」
未来を見据えて、やるべきことをキッチリとやっている。
僕は、なにも考えていない。
なんとなく、毎日を過ごして、地元の中学へそのまま行くって感じしかなくて。
「羨ましい……」
なんの特技も、取り柄もない大人になるんだろうな。
そう思うと、ツン、と鼻の奥が痛くなった。
「私は春樹が羨ましいよ」
「え?」
「うちの親、完璧主義? ってやつなのかなぁ」
テストで100点を取らないなら、0点と同じだー! とか。
大会で優勝しないなら、練習は無駄でしかない! とか。
指を折りながら、琴音は両親の言葉を1つずつ挙げてゆく。
「無茶苦茶だと思わない? 特に大会!」
「う、うん。そう、かも」
「参加人数の中から1人しか優勝は無理なのに。ほぼ全員、やる意味ナシじゃない」
ばっかみたい! と頬を膨らませながら両腕を組んだ。
けれど、すぐに頬をしぼませて
「……だから、どんな結果でも頑張ったね、っていう春樹の両親が羨ましい」
僕とは真逆の意味で、琴音は羨ましがっていた。
そんな家だったら、きっと息が詰まりそうになるんだろうな。
でも、それを跳ね除けるように、前向きに頑張っているのは琴音で……
(すごいな……琴音は、すごい)
彼女のことが、キラキラして見えてきた。
まぶしくて、思わず目をつむりたくなるぐらいに。
「さーて、グチっても両親は変わらないし、もう一走り頑張るかな」
「まだやるの?」
「うん。いつか結果をだした時、お前の理論は間違ってるぞ馬鹿、っていうために」
彼女に嫉妬していた、自分自身を反省した。
僕はゆっくりと立ち上がり
「僕も、ちょっとだけ一緒に走ってもいいかな」
「本当!? うん、一緒にやろう! きっと絶対、楽しいもん!」
合図とかもなく、同時に走り出す。
もちろん、体力がない僕はあっという間に足を止めてしまったけど。
(追い付きたい……前向きに頑張る琴音に……)
そう決意してからは、早かった。
彼女と同じ進学先を目指し、一緒に勉強して。
合格発表の日。
「キャー! やったね春樹! 一緒の中学校にいけるね!」
「うんっ……頑張って、良かった」
お互いの手をつないで、喜んだ。
その時、彼女の笑顔を見て、僕の胸がドキンとはねた。
(あぁ、そうか)
僕は、琴音のことが好きなんだ。
これが、遅すぎる恋の自覚。その顛末である。
物心ついた頃から、彼女とは常に一緒。
母親同士の仲が良く、ときどき冗談で『将来結婚したりしてねー』と言っていた。
―――正直、最初はそれが凄く嫌だったんだよね。
勝手に自分に未来を決められている、というのもあった。
小さい頃から、琴音はなんでもそつなくこなしていて。
コミュニケーションも、勉強も、勉強も、なんでも。
劣等感というか……なにをやっても負ける自分にムカついて。
「ねー、春樹! 一緒に宿題を……」
「ごめん。用事があるから、また今度で」
小学3年生でクラスが分かれて、交流は一気に減った。
正直、ホッとしたんだよね、この時は。
だけど、母さんが日課のように琴音の話題を振ってきた。
『そういえば琴音ちゃん。今度、テニスを始めたんですって』
『琴音ちゃん、テストで満点だったってー! すごいわよね』
『やっぱり博識よね、琴音ちゃん。気になったから調べたってホント偉い!』
自分の息子じゃなくて、友達の子供ばかり褒める母さんにも、うんざりで。
極力、琴音を見かけても避けるようになった。
「春樹知ってる? 琴音ちゃん、聖鳳学園を受験するらしいわよ」
「へー……」
どうせ成績が振るわない僕には、関係ない。
そう思っていた時だった。
「春樹。あんたも琴音ちゃんを見習って、少しは勉強したらどうなの?」
「~~~っ、あーもー! うるさい! いつも琴音、琴音って!」
長い間、積もりに積もったうっぷんが爆発した。
「そんなに羨ましいなら、僕じゃなくて、琴音の母親になればいいんだよ!」
「ちょっと、春樹!?」
勢いのまま、家を飛び出した。
向かう先は決まっていなくて、適当に街中を走り回って。
やがて、近くの河川敷に辿り着いたところで、僕は疲労で座り込んだ。
「あれ、春樹?」
「ッ!」
今、一番聞きたくない声が耳に届いた。
恐る恐る、視線をそちらに向けると
「やっぱりー! 久しぶり……って、泣いていたの? おばさんと喧嘩?」
走っている途中だったのか、ラフな格好で足踏みを続ける琴音がいた。
「べ、別に……」
「その雰囲気だと飛び出してきたばっかりだよね。わかった、20分待って!」
「へ!? ちょ、琴音!」
「すぐ走り終わるから、その間に春樹も落ち着いててねー!」
そういうと、彼女はそのまま河川敷を走り出した。
呆気に取られたものの……
「おまたせ!」
20分後、本当に彼女は戻ってきた。
「ごめんね。今日のノルマまだだったし、落ち着くの待った方がいいかなって」
「テニスをやるための?」
「うん、体力づくり。始めたばかりだし、すぐへばっちゃう」
「うっそだあ」
「嘘じゃないよ。ちゃんとしたスポーツするのって、初めてだもん」
全然だよ。と、琴音はいった。
「20分ずっと走っていたの?」
「ううん、1時間」
「いちっ!?」
「やっとそれだけ継続して走れるようになったの。1か月かかった」
1か月も、ずっと。
僕だったら、3日で絶対に飽きちゃうよ。
「それに、行きたい中学校も見つけたし」
「……聖鳳学園、だっけ」
「おばさんから聞いたんだよね。私も聞いているよ、春樹のこと」
「どぉせ、勉強しない、運動もできないダメ息子扱いだよ絶対」
口から出るのは、嫌味ばかり。
なんだか、すごく感じが悪いよな……今の僕。
「琴音が羨ましい」
未来を見据えて、やるべきことをキッチリとやっている。
僕は、なにも考えていない。
なんとなく、毎日を過ごして、地元の中学へそのまま行くって感じしかなくて。
「羨ましい……」
なんの特技も、取り柄もない大人になるんだろうな。
そう思うと、ツン、と鼻の奥が痛くなった。
「私は春樹が羨ましいよ」
「え?」
「うちの親、完璧主義? ってやつなのかなぁ」
テストで100点を取らないなら、0点と同じだー! とか。
大会で優勝しないなら、練習は無駄でしかない! とか。
指を折りながら、琴音は両親の言葉を1つずつ挙げてゆく。
「無茶苦茶だと思わない? 特に大会!」
「う、うん。そう、かも」
「参加人数の中から1人しか優勝は無理なのに。ほぼ全員、やる意味ナシじゃない」
ばっかみたい! と頬を膨らませながら両腕を組んだ。
けれど、すぐに頬をしぼませて
「……だから、どんな結果でも頑張ったね、っていう春樹の両親が羨ましい」
僕とは真逆の意味で、琴音は羨ましがっていた。
そんな家だったら、きっと息が詰まりそうになるんだろうな。
でも、それを跳ね除けるように、前向きに頑張っているのは琴音で……
(すごいな……琴音は、すごい)
彼女のことが、キラキラして見えてきた。
まぶしくて、思わず目をつむりたくなるぐらいに。
「さーて、グチっても両親は変わらないし、もう一走り頑張るかな」
「まだやるの?」
「うん。いつか結果をだした時、お前の理論は間違ってるぞ馬鹿、っていうために」
彼女に嫉妬していた、自分自身を反省した。
僕はゆっくりと立ち上がり
「僕も、ちょっとだけ一緒に走ってもいいかな」
「本当!? うん、一緒にやろう! きっと絶対、楽しいもん!」
合図とかもなく、同時に走り出す。
もちろん、体力がない僕はあっという間に足を止めてしまったけど。
(追い付きたい……前向きに頑張る琴音に……)
そう決意してからは、早かった。
彼女と同じ進学先を目指し、一緒に勉強して。
合格発表の日。
「キャー! やったね春樹! 一緒の中学校にいけるね!」
「うんっ……頑張って、良かった」
お互いの手をつないで、喜んだ。
その時、彼女の笑顔を見て、僕の胸がドキンとはねた。
(あぁ、そうか)
僕は、琴音のことが好きなんだ。
これが、遅すぎる恋の自覚。その顛末である。

