「これ、使う?」
そう言って律が出してきたのは、
少し厚みのある黒いノートだった。
放課後の美術室。
窓の外はまだ明るくて、
教室の中には私たちしかいない。
私は机の上のノートを見る。
「なにに」
聞くと、律は少しだけ笑った。
「未来、書くの」
その言い方があまりにも普通で、
私は一瞬だけ息を止めた。
未来。
少し前まで、その言葉は
遠いものみたいに思っていた。
でも今は違う。
二十三歳という数字が、
不安定でも、たしかに形を持ってそこにある。
「……書くの」
小さく言うと、律がうなずく。
「この前、水瀬が言ってたやつ」
「揃うまでのあいだ、何するか」
私はノートの表紙に指先で触れる。
つるつるしていて、少し冷たい。
「未来ノート、みたいな」
律がそう言って、
少しだけ照れたみたいに目をそらす。
私はそれを見て、少し笑った。
「……いいかも」
律は机の上にノートを開く。
白いページが、まっさらに広がった。
「とりあえず、二十三歳まで」
その言葉を聞くと、
胸の奥が少しだけきゅっとする。
でも、前みたいな痛さだけではなかった。
そこまでを一緒に考えられること自体が、
もうひとつの救いみたいだった。
律がペンを持って、ページの上に小さく書く。
未来ノート
その文字を見ただけで、
私はなぜか少しだけ泣きそうになった。
どれも曖昧で、
だからこそ今の私たちにちょうどよかった。
決定じゃない。
約束というより、願いに近い。
「どう分ける?」
律が聞く。
私は少し考える。
「……私の欄と、瀬川くんの欄と」
「二人の欄」
「いいね」
律はそう言って、ページを三つに分ける線を引いた。
見ているだけで、
少しずつ未来が形になっていく気がした。
「先、書いて」
律がペンを差し出してくる。
「え」
「水瀬のほうが、たぶんちゃんと考えてるから」
それは、たぶんその通りだった。
私は何度も二十三歳までを頭の中でなぞっていた。
でも、いざ白いページの前に座ると、急に指が止まる。
未来を書くのは、少し怖かった。
書いた瞬間に、そこへ届かなかったらどうしようと思ってしまうからだ。
でも隣に律がいる。
同じページを見ている。
それだけで、なんとか書ける気がした。
私はペンを受け取る。
柚希
と自分の欄の上に書いてから、
すぐには言葉を書かず、
先に年齢だけを並べた。
17歳
18歳
19歳
20歳
その数字は、考えなくても書けた。
もう何度も頭の中で数えていたからだ。
私は18歳の横に、小さく最初の予定を書く。
春 瀬川くんの合格を一番に聞く
夏 学校の展示を見る
感想をちゃんと言葉にする
書いた瞬間、
律が小さく笑う。
「合格、前提なんだ」
「前提」
私がそう返すと、律は肩をすくめた。
「プレッシャー」
でも、その声は少しうれしそうだった。
そこまで書いて、
自分で少しだけ笑いたくなる。
「水瀬っぽい」
律が言う。
「……そうかも」
私は次に、19歳の横へ書く。
海に行く
帰りの電車で眠くなるまで話す
「決まってないんだ」
「まだ」
私はページを見ながら答える。
「海にしたのは」
「瀬川くんの絵に、まだ海がないから」
少しだけ間を置いて続ける。
「でも、どこでもいい」
「瀬川くんがいたら」
言ってから、少しだけ顔が熱くなる。
律は何も言わなかった。
でも、横で少しだけ息をこぼすのが分かった。
「……それ、反則」
小さく言う。
そう言って律が出してきたのは、
少し厚みのある黒いノートだった。
放課後の美術室。
窓の外はまだ明るくて、
教室の中には私たちしかいない。
私は机の上のノートを見る。
「なにに」
聞くと、律は少しだけ笑った。
「未来、書くの」
その言い方があまりにも普通で、
私は一瞬だけ息を止めた。
未来。
少し前まで、その言葉は
遠いものみたいに思っていた。
でも今は違う。
二十三歳という数字が、
不安定でも、たしかに形を持ってそこにある。
「……書くの」
小さく言うと、律がうなずく。
「この前、水瀬が言ってたやつ」
「揃うまでのあいだ、何するか」
私はノートの表紙に指先で触れる。
つるつるしていて、少し冷たい。
「未来ノート、みたいな」
律がそう言って、
少しだけ照れたみたいに目をそらす。
私はそれを見て、少し笑った。
「……いいかも」
律は机の上にノートを開く。
白いページが、まっさらに広がった。
「とりあえず、二十三歳まで」
その言葉を聞くと、
胸の奥が少しだけきゅっとする。
でも、前みたいな痛さだけではなかった。
そこまでを一緒に考えられること自体が、
もうひとつの救いみたいだった。
律がペンを持って、ページの上に小さく書く。
未来ノート
その文字を見ただけで、
私はなぜか少しだけ泣きそうになった。
どれも曖昧で、
だからこそ今の私たちにちょうどよかった。
決定じゃない。
約束というより、願いに近い。
「どう分ける?」
律が聞く。
私は少し考える。
「……私の欄と、瀬川くんの欄と」
「二人の欄」
「いいね」
律はそう言って、ページを三つに分ける線を引いた。
見ているだけで、
少しずつ未来が形になっていく気がした。
「先、書いて」
律がペンを差し出してくる。
「え」
「水瀬のほうが、たぶんちゃんと考えてるから」
それは、たぶんその通りだった。
私は何度も二十三歳までを頭の中でなぞっていた。
でも、いざ白いページの前に座ると、急に指が止まる。
未来を書くのは、少し怖かった。
書いた瞬間に、そこへ届かなかったらどうしようと思ってしまうからだ。
でも隣に律がいる。
同じページを見ている。
それだけで、なんとか書ける気がした。
私はペンを受け取る。
柚希
と自分の欄の上に書いてから、
すぐには言葉を書かず、
先に年齢だけを並べた。
17歳
18歳
19歳
20歳
その数字は、考えなくても書けた。
もう何度も頭の中で数えていたからだ。
私は18歳の横に、小さく最初の予定を書く。
春 瀬川くんの合格を一番に聞く
夏 学校の展示を見る
感想をちゃんと言葉にする
書いた瞬間、
律が小さく笑う。
「合格、前提なんだ」
「前提」
私がそう返すと、律は肩をすくめた。
「プレッシャー」
でも、その声は少しうれしそうだった。
そこまで書いて、
自分で少しだけ笑いたくなる。
「水瀬っぽい」
律が言う。
「……そうかも」
私は次に、19歳の横へ書く。
海に行く
帰りの電車で眠くなるまで話す
「決まってないんだ」
「まだ」
私はページを見ながら答える。
「海にしたのは」
「瀬川くんの絵に、まだ海がないから」
少しだけ間を置いて続ける。
「でも、どこでもいい」
「瀬川くんがいたら」
言ってから、少しだけ顔が熱くなる。
律は何も言わなかった。
でも、横で少しだけ息をこぼすのが分かった。
「……それ、反則」
小さく言う。


