律が学校に戻るようになってから、
少しずつ前みたいな時間が増えた。
昼休みに会う。
放課後、美術室へ行く。
駅まで一緒に歩く日がある。
夜、短いメッセージが届く。
どれも前にもあったことだった。
でも今は、そのひとつひとつに
見えない重さがついていた。
また来るかもしれない。
悪魔のことを、私は完全には忘れられなかった。
むしろ、日常が戻れば戻るほど、
次が来たときどうするのかを考える時間が増えた。
律も同じなのかもしれないと思った。
でも、あの日のあと、
私たちはその話をほとんどしなかった。
しないまま、また明日を重ねていた。
それが悪いことではないのは分かっていた。
戻ってきた時間を、ちゃんと生きることも大事だと思っていた。
でも、それだけでは足りないとも思っていた。
次が来たら。
そのとき、本当に二人で向き合えるのか。
私はひとりで決めないと言った。
でも、それだけじゃまだ足りない気がした。
何度も考えて、
何度も言えないままにして、
それでも消えなかった言葉がひとつだけあった。
ある日の放課後、
私はいつものように美術室へ行った。
窓の外は、もう少しで夕方になる色だった。
教室の中には私たちしかいない。
律はキャンバスの前に立っていた。
筆を持って、少し離れて見て、
また近づく。
その背中を見ているうちに、
今だと思った。
今を逃したら、たぶんまた言えなくなる。
「……瀬川くん」
呼ぶと、律が振り向く。
「ん?」
私は立ったまま、指先をぎゅっと握った。
「大事な話がある」
言った瞬間、
自分でも分かるくらい空気が変わった。
律の表情が少しだけ止まる。
たぶん、こんなふうに私から切り出すことはほとんどなかった。
何かを飲み込むほうが多くて、
「なんでもない」で終わらせるほうがずっと多かったからだ。
律は筆を置いた。
「……なに」
その声も、少しだけ低かった。
私は一度だけ息を吸う。
「また悪魔が来たら」
そこまで言うと、
律の目がわずかに細くなる。
私は続けた。
「二人で寿命を揃えたい」
教室の中がしんとした。
言ったあとで、
心臓がうるさいくらい速くなる。
でも、引っ込めたくはならなかった。
ここまで来るのに、ずっと時間がかかったからだ。
律はすぐには何も言わなかった。
ただ、私を見ている。
やがて、静かに口を開く。
「……嫌だ」
その返事は、思っていた通りだった。
「水瀬が犠牲になるのは、やっぱり嫌」
私はうなずく。
「うん」
分かっていた。
律はそう言うと思っていた。
それでも、ここで終わらせたくなかった。
「でも」
私が続けると、
律の表情が少しだけ硬くなる。
「それは、駄目だよ」
「なんで」
聞き返した声は、
自分で思っていたより静かだった。
少しずつ前みたいな時間が増えた。
昼休みに会う。
放課後、美術室へ行く。
駅まで一緒に歩く日がある。
夜、短いメッセージが届く。
どれも前にもあったことだった。
でも今は、そのひとつひとつに
見えない重さがついていた。
また来るかもしれない。
悪魔のことを、私は完全には忘れられなかった。
むしろ、日常が戻れば戻るほど、
次が来たときどうするのかを考える時間が増えた。
律も同じなのかもしれないと思った。
でも、あの日のあと、
私たちはその話をほとんどしなかった。
しないまま、また明日を重ねていた。
それが悪いことではないのは分かっていた。
戻ってきた時間を、ちゃんと生きることも大事だと思っていた。
でも、それだけでは足りないとも思っていた。
次が来たら。
そのとき、本当に二人で向き合えるのか。
私はひとりで決めないと言った。
でも、それだけじゃまだ足りない気がした。
何度も考えて、
何度も言えないままにして、
それでも消えなかった言葉がひとつだけあった。
ある日の放課後、
私はいつものように美術室へ行った。
窓の外は、もう少しで夕方になる色だった。
教室の中には私たちしかいない。
律はキャンバスの前に立っていた。
筆を持って、少し離れて見て、
また近づく。
その背中を見ているうちに、
今だと思った。
今を逃したら、たぶんまた言えなくなる。
「……瀬川くん」
呼ぶと、律が振り向く。
「ん?」
私は立ったまま、指先をぎゅっと握った。
「大事な話がある」
言った瞬間、
自分でも分かるくらい空気が変わった。
律の表情が少しだけ止まる。
たぶん、こんなふうに私から切り出すことはほとんどなかった。
何かを飲み込むほうが多くて、
「なんでもない」で終わらせるほうがずっと多かったからだ。
律は筆を置いた。
「……なに」
その声も、少しだけ低かった。
私は一度だけ息を吸う。
「また悪魔が来たら」
そこまで言うと、
律の目がわずかに細くなる。
私は続けた。
「二人で寿命を揃えたい」
教室の中がしんとした。
言ったあとで、
心臓がうるさいくらい速くなる。
でも、引っ込めたくはならなかった。
ここまで来るのに、ずっと時間がかかったからだ。
律はすぐには何も言わなかった。
ただ、私を見ている。
やがて、静かに口を開く。
「……嫌だ」
その返事は、思っていた通りだった。
「水瀬が犠牲になるのは、やっぱり嫌」
私はうなずく。
「うん」
分かっていた。
律はそう言うと思っていた。
それでも、ここで終わらせたくなかった。
「でも」
私が続けると、
律の表情が少しだけ硬くなる。
「それは、駄目だよ」
「なんで」
聞き返した声は、
自分で思っていたより静かだった。


