律の意識が戻ったと聞いたのは、病院に着いてからしばらく経ってからだった。
先生にそう言われた瞬間、私はやっと息をした気がした。
ずっと胸の奥に固まっていたものが、少しだけほどける。
よかった。
まず最初に思ったのは、それだった。
でも、そのあとにすぐ別の言葉が続く。
このまま詳しく検査をします。
その一言で、また胸の奥が重くなる。
命に別状はない。
意識も戻った。
それなのに、何も終わっていないことだけははっきり分かった。
待合の椅子に座ったまま、私は何度もスマホを見た。
時間を確認しても、ほとんど頭に入ってこない。
画面を開いて、閉じる。
また開く。
誰かに連絡することもできない。
したところで、うまく説明できる気がしなかった。
しばらくして、律のお母さんが私のところへ来た。
「今日はもう遅いし、水瀬さんは帰って大丈夫よ」
やさしい声だった。
でも、そのやさしさが逆につらかった。
帰って大丈夫なわけがない、と思った。
けれど、ここにいても私にできることは何もない。
それも分かっていた。
私は立ち上がって、もう一度頭を下げた。
「すみません」
またそれしか言えなかった。
律のお母さんは、少しだけ首を振った。
「一緒にいてくれて、よかった」
その言葉に、胸の奥が痛くなる。
よかった、のは私のほうだった。
あの場にいて、倒れる瞬間を見て、
救急車を呼べて、
病院まで来られて。
もしあそこに私がいなかったら、と思うと、今さら遅れて怖くなった。
病院を出ると、外はもう完全に夜だった。
さっきまで点滅していた赤い光はなくて、
駐車場の白い照明だけが静かに地面を照らしていた。
ひとりで駅まで歩く。
スマホが一度だけ震えた。
クラスの子からの、明日の提出物についての連絡だった。
その普通さに、少しだけくらくらした。
世界はさっきまでと同じみたいに動いている。
でも私の中だけ、何かが止まったままだった。
家に帰ると、お母さんが玄関で驚いた顔をした。
遅くなった理由を聞かれて、私は「学校でちょっと」とだけ答えた。
それ以上うまく言えなかった。
部屋に入って、制服のままベッドに座る。
スマホを握ったまま、しばらく動けなかった。
律に、何か送りたいと思った。
大丈夫?
目が覚めてよかった。
今日はほんとにびっくりした。
いろんな言葉が浮かぶのに、どれも違う気がする。
今送っていいのかも分からない。
返事ができる状態かも分からない。
迷ったまま画面を見ているうちに、日付が変わった。
結局、その夜は何も送れなかった。
眠れるはずもないのに、体だけが疲れていた。
目を閉じると、何度もあの瞬間が戻ってくる。
筆を持ったまま少し止まったこと。
机に手をついたこと。
それから、崩れるみたいに倒れたこと。
もっと強く止めていたら、と思う。
今日はやめたほうがいいよ、と
もっとちゃんと言えていたら違ったのかもしれない、と
意味のない考えが何度も頭の中を回った。
でも、どこまで考えても、答えは出なかった。
翌朝、起きたとき、胸の奥の重さはそのままだった。
学校へ行く準備をしていても、全部が少しだけ遠い。
制服のボタンを留める手も、髪を整える動きも、自分のものじゃないみたいだった。
スマホを見る。
律からの連絡は、まだない。
病院なんだから当たり前なのに、それだけで少し怖くなる。
学校に着いてからも、落ち着かなかった。
授業は始まる。
先生が話す。
みんなノートを取る。
全部いつも通りだった。
私は前を向いて座っていたけれど、頭の半分以上は別の場所にあった。
先生にそう言われた瞬間、私はやっと息をした気がした。
ずっと胸の奥に固まっていたものが、少しだけほどける。
よかった。
まず最初に思ったのは、それだった。
でも、そのあとにすぐ別の言葉が続く。
このまま詳しく検査をします。
その一言で、また胸の奥が重くなる。
命に別状はない。
意識も戻った。
それなのに、何も終わっていないことだけははっきり分かった。
待合の椅子に座ったまま、私は何度もスマホを見た。
時間を確認しても、ほとんど頭に入ってこない。
画面を開いて、閉じる。
また開く。
誰かに連絡することもできない。
したところで、うまく説明できる気がしなかった。
しばらくして、律のお母さんが私のところへ来た。
「今日はもう遅いし、水瀬さんは帰って大丈夫よ」
やさしい声だった。
でも、そのやさしさが逆につらかった。
帰って大丈夫なわけがない、と思った。
けれど、ここにいても私にできることは何もない。
それも分かっていた。
私は立ち上がって、もう一度頭を下げた。
「すみません」
またそれしか言えなかった。
律のお母さんは、少しだけ首を振った。
「一緒にいてくれて、よかった」
その言葉に、胸の奥が痛くなる。
よかった、のは私のほうだった。
あの場にいて、倒れる瞬間を見て、
救急車を呼べて、
病院まで来られて。
もしあそこに私がいなかったら、と思うと、今さら遅れて怖くなった。
病院を出ると、外はもう完全に夜だった。
さっきまで点滅していた赤い光はなくて、
駐車場の白い照明だけが静かに地面を照らしていた。
ひとりで駅まで歩く。
スマホが一度だけ震えた。
クラスの子からの、明日の提出物についての連絡だった。
その普通さに、少しだけくらくらした。
世界はさっきまでと同じみたいに動いている。
でも私の中だけ、何かが止まったままだった。
家に帰ると、お母さんが玄関で驚いた顔をした。
遅くなった理由を聞かれて、私は「学校でちょっと」とだけ答えた。
それ以上うまく言えなかった。
部屋に入って、制服のままベッドに座る。
スマホを握ったまま、しばらく動けなかった。
律に、何か送りたいと思った。
大丈夫?
目が覚めてよかった。
今日はほんとにびっくりした。
いろんな言葉が浮かぶのに、どれも違う気がする。
今送っていいのかも分からない。
返事ができる状態かも分からない。
迷ったまま画面を見ているうちに、日付が変わった。
結局、その夜は何も送れなかった。
眠れるはずもないのに、体だけが疲れていた。
目を閉じると、何度もあの瞬間が戻ってくる。
筆を持ったまま少し止まったこと。
机に手をついたこと。
それから、崩れるみたいに倒れたこと。
もっと強く止めていたら、と思う。
今日はやめたほうがいいよ、と
もっとちゃんと言えていたら違ったのかもしれない、と
意味のない考えが何度も頭の中を回った。
でも、どこまで考えても、答えは出なかった。
翌朝、起きたとき、胸の奥の重さはそのままだった。
学校へ行く準備をしていても、全部が少しだけ遠い。
制服のボタンを留める手も、髪を整える動きも、自分のものじゃないみたいだった。
スマホを見る。
律からの連絡は、まだない。
病院なんだから当たり前なのに、それだけで少し怖くなる。
学校に着いてからも、落ち着かなかった。
授業は始まる。
先生が話す。
みんなノートを取る。
全部いつも通りだった。
私は前を向いて座っていたけれど、頭の半分以上は別の場所にあった。


