高校二年の秋は、去年より少しだけ早く暗くなる気がした。
放課後、美術室に着いたときには、もう窓の外の色がやわらかく落ち始めている。
私はいつもの席に鞄を置いて、律の背中を見る。
あの絵は、もうかなり完成に近づいていた。
律は相変わらず「まだ違う」と言っていたけれど、
私には、もう十分きれいに見えた。
「今日で終わりそう?」
そう聞くと、律は少しだけ振り返った。
「んー、どうだろ」
「終わらせたいけど」
そう言って笑う。
いつも通りの顔だった。
ただ、そのあと少しだけ肩を回した。
「つかれた?」
「ちょっと」
「課題多いの」
「まあ、それなりに」
私は「無理しないでね」とだけ言って、机の上のペットボトルを律の近くへ置いた。
律は「ありがと」と返して、またキャンバスに向き直る。
筆を持つ手が動く。
少し離れて全体を見る。
また近づいて、色を足す。
でも、その日は一度だけ、律が筆を持ったままじっと止まった。
私は本から顔を上げる。
「瀬川くん?」
「……ん」
返事はしたけれど、少しだけ遅かった。
律は空いた手で額のあたりを押さえて、それから小さく息をつく。
「大丈夫?」
「うん。ちょっとくらっとしただけ」
言いながら、律は笑った。
「ちゃんと休んだほうがいいんじゃない」
「あと少しだから」
そう言って、また絵のほうを見る。
私は口を閉じた。
律はこういうとき、変に強がる。
でもそれは今に始まったことじゃない。
課題が詰まっているときは、多少無理をするのも前からだった。
窓の外がさらに暗くなっていく。
美術室の明かりの下で見ると、絵の色は昼間より少し深く見えた。
律はまた少し後ろへ下がって、全体を見る。
「水瀬」
「なに」
「今、どう?」
私は立ち上がって、絵の近くまで行った。
キャンバスの前に立つ。
「……好き」
思わずそう言うと、律が少し笑った。
「感想そればっか」
「だって、ほんとだから」
私は絵を見たまま続ける。
「前より、ちゃんと息ができる感じがする」
「でも静かで」
「なんか……終わりじゃなくて、続いていく感じ」
でも律は、その言葉をちゃんと聞いていた。
少しだけ目を細めて、うなずく。
「そっか」
それから、またキャンバスのほうへ向き直る。
「じゃあ、もう少しだけやる」
その声が、さっきより少し低かった。
私は「うん」と答えて席に戻る。
それから数分もしないうちだった。
小さな音がした。
最初は、筆でも落としたのかと思った。
でも次の瞬間、もっと鈍い音が続いた。
顔を上げる。
律の体が、不自然に傾いていた。
「……瀬川くん?」
呼んでも、返事がない。
律は机に手をつこうとして、そのまま崩れるみたいに床へ落ちた。
頭の中が、一瞬、真っ白になった。
椅子を引く音だけが大きく響く。
私は立ち上がって、ほとんど走るみたいに律のところへ行った。
「瀬川くん」
しゃがみこむ。
肩に触れる。
「瀬川くん、ねえ」
もう一度呼ぶ。
放課後、美術室に着いたときには、もう窓の外の色がやわらかく落ち始めている。
私はいつもの席に鞄を置いて、律の背中を見る。
あの絵は、もうかなり完成に近づいていた。
律は相変わらず「まだ違う」と言っていたけれど、
私には、もう十分きれいに見えた。
「今日で終わりそう?」
そう聞くと、律は少しだけ振り返った。
「んー、どうだろ」
「終わらせたいけど」
そう言って笑う。
いつも通りの顔だった。
ただ、そのあと少しだけ肩を回した。
「つかれた?」
「ちょっと」
「課題多いの」
「まあ、それなりに」
私は「無理しないでね」とだけ言って、机の上のペットボトルを律の近くへ置いた。
律は「ありがと」と返して、またキャンバスに向き直る。
筆を持つ手が動く。
少し離れて全体を見る。
また近づいて、色を足す。
でも、その日は一度だけ、律が筆を持ったままじっと止まった。
私は本から顔を上げる。
「瀬川くん?」
「……ん」
返事はしたけれど、少しだけ遅かった。
律は空いた手で額のあたりを押さえて、それから小さく息をつく。
「大丈夫?」
「うん。ちょっとくらっとしただけ」
言いながら、律は笑った。
「ちゃんと休んだほうがいいんじゃない」
「あと少しだから」
そう言って、また絵のほうを見る。
私は口を閉じた。
律はこういうとき、変に強がる。
でもそれは今に始まったことじゃない。
課題が詰まっているときは、多少無理をするのも前からだった。
窓の外がさらに暗くなっていく。
美術室の明かりの下で見ると、絵の色は昼間より少し深く見えた。
律はまた少し後ろへ下がって、全体を見る。
「水瀬」
「なに」
「今、どう?」
私は立ち上がって、絵の近くまで行った。
キャンバスの前に立つ。
「……好き」
思わずそう言うと、律が少し笑った。
「感想そればっか」
「だって、ほんとだから」
私は絵を見たまま続ける。
「前より、ちゃんと息ができる感じがする」
「でも静かで」
「なんか……終わりじゃなくて、続いていく感じ」
でも律は、その言葉をちゃんと聞いていた。
少しだけ目を細めて、うなずく。
「そっか」
それから、またキャンバスのほうへ向き直る。
「じゃあ、もう少しだけやる」
その声が、さっきより少し低かった。
私は「うん」と答えて席に戻る。
それから数分もしないうちだった。
小さな音がした。
最初は、筆でも落としたのかと思った。
でも次の瞬間、もっと鈍い音が続いた。
顔を上げる。
律の体が、不自然に傾いていた。
「……瀬川くん?」
呼んでも、返事がない。
律は机に手をつこうとして、そのまま崩れるみたいに床へ落ちた。
頭の中が、一瞬、真っ白になった。
椅子を引く音だけが大きく響く。
私は立ち上がって、ほとんど走るみたいに律のところへ行った。
「瀬川くん」
しゃがみこむ。
肩に触れる。
「瀬川くん、ねえ」
もう一度呼ぶ。


