「ごめん!!」
渡り廊下の手前で、我に返り慌てて手を離した。
「助かりました。ありがとうございました」
そう言って、彼女は眩しいくらいの笑みを浮かべる。
……なんだろう、この感覚。
心がふわふわと浮いたような、不思議な感覚。
私生活であんなに息苦しかったはずなのに、
その一瞬だけ、すべてが遠のいた気がした。
それから彼女の名前を知ったのは、とある放課後の見回りの時だった。
誰もいないはずの教室で、机に伏せて眠っている生徒を見つけた。
すやすやと寝息を立てて寝ている彼女の顔を、無意識に暫く見つめていた。
そのまま寝かせておいてあげたいけれど……
「……おーい、おーい」
軽く机を叩くと、彼女はゆっくりと顔を上げた。
───その瞬間、わずかに息が止まる。
「……どうした?具合悪い?」
「……っ」
そう声をかけながらも、内心はそれどころじゃなかった。
どこかぼんやりとした目。
入学式の日に見た、あの表情と同じで。
「……無意識に、寝てました」
俯いたままそう答える声に、思わず小さく笑いが漏れた。
「なーんだ、良かった」
────本当にそう思った。
ただの生徒のはずなのに、彼女が体調を崩したらどうしようなんて。
そんなことを考えている自分が、少し可笑しかった。
「てか!なんで先生ここに?!」
「ん?見回り」
そう言ったのを聞いてるのか、聞いていないのか…何気なく置いていた僕の手を、彼女はじっと見つめた。
あ……また。
一瞬見せた、シュンと切なく歪んだ顔。
「先生?家に帰りたくない時ってどうしたらいい?」
唐突だな…。
そうか、家に帰りたくなくて、ここで時間を過ごしていたのか。
「うーん…少し寄り道しちゃえば?」
気付けば、そんなことを口にしていた。
本来なら、帰りなさいと言うべきなのに。
「先生がそんな事言っていいの?」
案の定、彼女は少しビックリした様子で
大きなクリっとした瞳を更に大きく見開いた。
そんな表情も、素直に可愛いと思った。
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