奈桜が旅立ってから、時間の進み方が狂ったみたいだった。

何度も休暇を使ってオーストラリアまで行こうかと考えるけれど。

それでも奈桜の為を思うと、今ここで自分が行くのは違うと言い聞かせて、実行には移さなかった。


奈桜のいない毎日は、こんなにも光がないのか——と、今更思い知らされる。


出会う前に戻っただけだなんて、もうそんな風には思えなかった。


奈桜に出会った入学式。

不妊、すれ違い、そして妻の浮気。

────あの頃の自分は、全てが終わっていた。


4月だというのに、桜を見る余裕さえ、無かった。

深いため息と、絶望。
幸せとは程遠い毎日。


そんな時、学園に迷い込んだ彼女を見つけた。


今にも泣き出しそうな瞳で、空を仰いでいた。

……毎年居るんだよな。
入学式にギリギリで来る生徒。


小さく息を吐いて、話しかける。


「……何してるの?あ、もしかして新入生?」


「…え」


振り向いたその生徒は、どこか儚げな表情で僕を見た。


────何故か、その瞳にドキッとする。


幼さの残る可愛らしい顔立ち、けれど凛とした空気を纏っていて。
一瞬で、心をぎゅっと鷲掴みにされたような気がした。


「早く!もう皆セレモニーホールへ移動してる!」


「あ…」


咄嗟に彼女の腕を掴んで走り出す。


ふわりと風に乗って、彼女の長い黒髪から甘い香りが届いた。

——その瞬間、思考が一瞬止まる。


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