てくてくさん

 てくてくさんが来た。
 俺は焦った。
 てくてくさんとは、うちの小学校で最近話題の都市伝説だ。
 学校からの帰り道、人影は見えないのにてくてくと走ってくる音に気づいたら、それはてくてくさんだ。追い付かれないようにすぐに逃げなければいけない。てくてくさんはその名のとおり、てくてく走るのでそんなに足は早くない。逃げる気ならば逃げきれる。
 俺は後ろを振り返った。
 てくてくてくてく、という音は徐々に近づいてきている。けれど、俺は今ここを動くわけにはいかなかった。
 限定ゲームカードを買うために、おもちゃ屋さんに並んでいるのだ。
 どうしようどうしよう。
 そう悩む間にも「てくてくてくてく」という音は近づいてくる。しかし、カードを手に入れられないなら死んだほうがマシだ!
 俺はぎゅっと目をつむった。てくてくてくてくという音はすぐ後ろまで近づいてきていた。
 てくてくてくてく……。
 目を開けると、音は前方に遠ざかっていた。
 あれ? そういえばてくてくさんに追い付かれたらどうなるって知らないな。
 もしかしたら、たいしたことはないのかもしれない。俺はホッとした。その時。
「逃げろー!」
 その声とともに人々の悲鳴が上がった。振り返ると、暴走車がこちらに向かってきていた。
 さすがにやばい。並んでいる場合じゃない。俺は走り出した。
 てくてくてくてく。
「え? なんで!?」
 俺の足はてくてくとしか動かない。
「早く!」
 誰かが叫ぶ声がした。
 必死で足を動かそうとするが、水の中のように足は重い。
 てくてくてくてく。てくてくてくてく。
 背後に車が迫っていた。