紙が擦れる音が、止まる。
一秒。
視線だけが、ゆっくりと上がってくる。
光を吸い込むような黒。
「別に」
「拒まないの?」
「拒むよ」
温度を剥ぎ取ったような声。
「…誰でも良くないじゃん」
速水は関心を失ったように、視線を紙面へと落とした。
「容姿の足切りはするよ」
あまりに事務的な響きに、喉の奥から笑いが漏れた。
「なにそれ。意外と現実的」
「普通でしょ」
「へえ」
私は少しだけ身を引く。
「でもちゃんと欲とかあるんだ」
一拍。
「人間だから」
速水は淡々と頁の余白に視線を滑らせる。
私は数秒、その変わらない表情を眺める。
「ふーん。安心した」
「何が」
「人形じゃなかった」
速水は答えない。ただ、窓の外から差し込む光を、その睫毛が静かに弾いている。
私はさらに踏み込む。
「じゃあ速水くん、私のこと可愛いって思ってくれないんだ」
私は机に頬を預け、下から覗き込むように彼を見上げた。
眉の端を心持ち下げ、湿った眼差しを向ける。
けれど何事もないように乾いた音を立てて、ページがめくられる。
「別に、そんなことないけど」
私の顔を一ミリも見ないまま、彼は言った。
「やったー」
私は机に頬を預け、本の下から彼を覗き込む。
逆さまの世界。
彼の唇は、一文字に結ばれたままぴくりとも動かない。
「ねえ、ーーじゃあキスできる?」
静かに、参考書が閉じられた。
速水の視線が、ゆっくりと下りてくる。
逃げ場のない距離で、視線が真っ向からぶつかった。
「できない」
即答。
