あれから、私は余計な外交を切り捨て、図書室に通いつめた。
昼休みも、放課後も、意味のない会話を削ぎ落としていく。
テスト期間という免罪符があれば、特待生の私が一人で机に向かうのは、特に不自然なことではなかった。
図書室へ向かう理由は、別に速水の為じゃない。
たったひとつ、「落ちたら、終わる」という、喉元に突きつけられた現実だ。
学費、奨学金、模試の判定。数字は裏切らない。人間より、よほど信用できる。
火曜日以外も図書室へ通った。
いつもの窓際ではなく、中央の無機質な席を選ぶ。
なぜか速水も来ていて、常に視界には入るけれど、隣でも向かいでもない絶妙な距離。
私はただ、黙ってノートを開く。
乾いたシャーペンの音だけが、絶え間なく続く。
英語長文に線を引き、数学の証明を組み立て、赤ペンで塗り潰す。
白かった余白が埋まるのと引き換えに、誰かを演じるための「擬態の余裕」が消えていった。
視線を感じる。けれど、顔は上げない。
今日は、話しかけない。試さない。覗き込まない。
ただ、書く。
一時間。
二時間。
閉館のチャイムが鳴る頃、静かに本を閉じる音がした。
速水だ。
私はそれでもペンを止めなかった。
すると、視界の端に、一枚の紙が滑り込むように置かれた。
私のノートの横。
そこには、無駄のない鋭い筆跡で、数学の証明が書き直されていた。
私がさっき解いたものより、遥かに簡潔で、速い解法。
数秒の沈黙。
「……間違ってた?」
顔を上げずに唇だけ動かす。
「いや」
速水の声は、凪いでいた。
「そっちの方が、速いだけ」
私はその美しい一行を見つめた。
あまりに合理的で、そして悔しかった。
「……ありがと」
短く、掠れた声。
私はその一行を写す。
図書室の空気が微かに、けれど確かに変わった。
彼は何も言わない。
昼休みも、放課後も、意味のない会話を削ぎ落としていく。
テスト期間という免罪符があれば、特待生の私が一人で机に向かうのは、特に不自然なことではなかった。
図書室へ向かう理由は、別に速水の為じゃない。
たったひとつ、「落ちたら、終わる」という、喉元に突きつけられた現実だ。
学費、奨学金、模試の判定。数字は裏切らない。人間より、よほど信用できる。
火曜日以外も図書室へ通った。
いつもの窓際ではなく、中央の無機質な席を選ぶ。
なぜか速水も来ていて、常に視界には入るけれど、隣でも向かいでもない絶妙な距離。
私はただ、黙ってノートを開く。
乾いたシャーペンの音だけが、絶え間なく続く。
英語長文に線を引き、数学の証明を組み立て、赤ペンで塗り潰す。
白かった余白が埋まるのと引き換えに、誰かを演じるための「擬態の余裕」が消えていった。
視線を感じる。けれど、顔は上げない。
今日は、話しかけない。試さない。覗き込まない。
ただ、書く。
一時間。
二時間。
閉館のチャイムが鳴る頃、静かに本を閉じる音がした。
速水だ。
私はそれでもペンを止めなかった。
すると、視界の端に、一枚の紙が滑り込むように置かれた。
私のノートの横。
そこには、無駄のない鋭い筆跡で、数学の証明が書き直されていた。
私がさっき解いたものより、遥かに簡潔で、速い解法。
数秒の沈黙。
「……間違ってた?」
顔を上げずに唇だけ動かす。
「いや」
速水の声は、凪いでいた。
「そっちの方が、速いだけ」
私はその美しい一行を見つめた。
あまりに合理的で、そして悔しかった。
「……ありがと」
短く、掠れた声。
私はその一行を写す。
図書室の空気が微かに、けれど確かに変わった。
彼は何も言わない。
