鴻巣翔流の心霊事件 -学校一のイケメンは霊能者!-

「私……今」
 菜月はきょろきょろと周りを見渡し、最後に、側にいる翔流に視線を戻す。

 もしかして、また、翔流くんに助けられた?

 トラックにひかれそうになったのは、ぼんやりとだが覚えている。
 激しいクラクションの音も。
 菜月はふるっと頭を振った。

 私、どうしたんだろう。

 急に意識が飛んだというか、自分の身体が自分のものではない感覚だった。
 いや、自分の意思と身体が別物というのか。

「正気を取り戻したようだな」
 翔流はほっと息をもらす。
「ありがとう……」
 と、お礼は言ったものの、いまだに、何がなんだかわからなかった。

 菜月は軽く握った手で、自分の頭を数回叩いた。
「どうして、神埜さんがここにいる?」

「すぐそこのコンビニを出たら翔流くんの姿を見かけたの。昼間言い過ぎたかなって思ったから謝りたくて。翔流くんこそ、どうしてここに?」
 急に背筋に悪寒が走り、菜月は身体を震わせた。
 すると、翔流は眉根をきつく結び、交差点に鋭い視線を放つ。

「これ以上、悪さをするなら、あとかたもなくおまえを消すぞ。いいのか」
 低い声であった。
「消す?」
 突然、意味不明なことを言い出した翔流に、菜月はおびえた。

 翔流は手にしていた数珠を握り直し、手を合わせると、お経のようなものを唱え始める。
 わけがわからず、菜月はその場でぽかんと口を開ける。
 やがて、お経を唱え終えた翔流は、数珠を持った手を横に振る。

「今のお経みたいなのは何? その数珠は? いったい何をしたの? 消すってどういうこと?」
 菜月の矢継ぎ早の質問に、翔流は息を吐き出した。
「この交差点で、頻繁に事故が起きるだろう?」
 菜月は無言でうなずく。

 〝魔の交差点〟といわれるくらい、ここは事故が多い。

 翔流は続けた。
「ここに、生きている者に悪影響をおよぼす霊がいる。悪霊と化した地縛霊だ」
 はい? と、菜月はきょとんとした目をする。

 霊……地縛霊?
 うん、聞いたことあるよ。
 事故とか、事件とかで亡くなった人が、亡くなったその場所から動けずにいる幽霊だよね。
 知ってるけど……。

 菜月は目を細めて翔流を見返す。
 学校一のイケメンが、ものすごく真面目な顔で、いきなり何を言い出すのだろう。

 翔流くんって、幽霊とかそういうの信じる人なの?

 それこそ信じられないと思いながら、翔流の話を菜月は黙って聞いていた。
「いいか、ここは……」
 翔流の説明は続く。

 かいつまんで説明すると、この交差点にいる悪霊が、生ある者に悪さをし、あちらの世界に引きずりこもうとしている。
 そのせいで、ここは事故が多発するのだと。

「じゃあ、私もその悪霊に引きずり込まれそうになったっていうこと?」
 そんなばかな。

 あからさまな疑いを滲ませ、菜月は上目遣いで翔流を見る。
 しかし、翔流の顔は真剣そのものであった。

 イケメンの口から、まさか悪霊という言葉が飛び出すとは思いもせず、笑うに笑えず、菜月は困惑する。
 いや、それともここは笑うべきだったのか。

「おそらく、波長があったんだろう」
「本気で言ってる? 私のことからかってない?」
「僕がふざけてるように見えるか?」
 翔流の真面目な答えに、菜月はゆるく首を横に振る。

「本当なの?」
「だから、さっきから忠告してるだろ」
 いやいや、と菜月は両手を振る。

 冗談にしても悪霊と波長が合うなんて、しゃれにならないから。
「波長も何も、私、霊感とか、ぜんぜんないんだよ。幽霊も見たことないし」
「霊感がないと思い込んでいる人に限って、突然、力に目覚めてしまうケースが多い」

 ひー! それは勘弁して欲しい。

 幽霊の存在を否定しているわけではない。

 だけど、見えてしまうのはムリ。
 怖い思いをするのはイヤ。
 ホラーなテレビやマンガだって苦手なのだから。

「だって、この交差点は通学路で毎日通ってるよ。それなのに、いきいなり地縛霊に引っ張られたって言われても」
 翔流はガードレールに添えられている花束を指さす。

「きっかけはあれ。神埜さんの優しい心に悪霊はつけ込んできた。そして、もう一つは僕」
「翔流くん?」
「そう。僕に近寄らない方がいいと言っただろう。まれに僕の側にいると強く影響を受ける人がいる。もともと神埜さんは自覚していないだけで、本当は霊感が鋭い」

 笑いそうになったが、翔流の顔があまりにも真剣だったから、笑えなかった。
 ここはとりあえず、聞き流してしまおう。

「それで悪霊の正体は?」
「昔、ここで事故にあい、亡くなった人だ」
 翔流はにっと笑い、続ける。

「赤いレインコートを着た幽霊と言えば、わかりやすいか?」
「ええ! それってただの都市伝説じゃなかったの?」
 翔流はいや、と首を振る。
「深夜の雨の日、全身血まみれの女が交差点の片隅に立つ。それが赤いレインコートを着た幽霊だ」

 菜月はごくりと喉を鳴らした。
「事故にあい、地縛霊となったその女は、自分の死を受け入れられず、生きている者を羨み、自分と同じ苦しみを味わわせようとしている。そもそも、ここは立地的にあまりよくない場所なんだ。交差点を斜めに横切るようにして霊道が通っている」
「霊道……」
 聞き慣れない言葉に、菜月はただただ、ぽかんとするだけ。

「言葉通り、霊が通る道だ。ちなみに、不浄霊や未浄化の人が通る霊道と、動物霊が通る霊道、さらに、神様だけが通る霊道もある」
 へえ、としか言葉が出なかった。

 まあつまり、生きている人間には関係のない道ということだ。

「それで、その悪霊はどうしたの?」
「これ以上悪さをしないよう、檻を作って閉じ込めた。檻の中からは何もできない。ただもがいて外を眺めているだけ」
「檻って、あの檻? たとえば、動物園とかにある」
「そう、神埜さんが想像しているようなものだよ。それをこの空間に作った。もちろん、普通の人にはみえない」

「じゃあ、ずっとその檻から出られないってこと?」
「自分がやってきた罪を反省するようになったら、自然と檻から解放され、しかるべきところへ行ける処理をした。それが何年、何十年かかるか分からない。一生、出られないかも」
「へえ……」
 何かしれっと、すごいこと言っているような気がする。
 どういうこと?