翌日
親友の暎子と一緒に登校した菜月は、教室に入るなり、クラスのみんなに囲まれた。
「車にひかれそうになったって聞いて、心配したよ」
「学校に来てだいじょうぶなの?」
「ありがとう。この通りなんともないの。翔流くんに……」
助けてもらったと、言いかけて菜月は口を閉ざす。
ちらりと窓際に座る翔流を見る。
彼は頬杖をつき、窓の外を眺めていた。
「え、何? 翔流くんがどうしたの」
女子たちがざわめきだした。
背が高くて整った顔立ち。
頭もよく、スポーツ万能。
時どき、ああやって遠くを見つめている姿もミステリアスだと、女子たちの間で翔流は人気が高い。
学校一のイケメンといわれ、学年関係なく、毎日のように誰かしらから告白を受けている。けれど、翔流はその告白を、ことごとく断っている。
だから、翔流に今のところ彼女はいない。
改めて、昨日助けてくれたお礼と、怪我のことを聞こうと、菜月は椅子から立ち上がったその時、背後からドンと強い衝撃を受け、足をよろめかせた。
誰かがぶつかってきたのだ。
ぶつかってきた相手は菜月のことなどおかまいなしに、真っ直ぐ翔流の元へと歩み寄る。
男の子たちの間から、おお、と嬉しそうな声があがった。
現れたのは、隣のクラスの山城まどかだ。
モデル級のきれいな子で、男子たちの憧れの存在である。
派手な雰囲気で人を引きつける彼女の回りには、いつも取り巻きが多い。
「翔流くん、ちょっといいかしら」
まどかは軽く腕を組み、小首を傾げた。
窓の外を見ていた翔流は頬杖をついたまま、ゆっくりとまどかを見上げる。
まどかは口角を上げ、にこりと微笑む。
「おお……まどかさんが微笑んだ」
「やっぱ、かわいいな~」
周りにいた男子たちが、だらしない顔でニヤけている。
「あのね、まどかのお友達がね、翔流くんと、お話がしたいって言うの」
まどかは人差し指を軽く口元に当て、くすりと笑う。
「この子よ」
こっちに来なさい、とまどかは後方にいる取り巻きの一人を手招きする。
まどかと目があったその女子は、おどおどとした様子で前に進み出た。
ぽっちゃりした体型に、髪を後ろで一つに束ねた、よく言えば真面目そう、悪く言えば地味目の女の子だ。
まどかのいる派手なグループには、少し浮いた存在に見えた。
「この子、小山佳珠子っていって、翔流くんのことが好きで告白したいんだって」
まどかの発言に、クラス中がざわついた。
ひそひそ声が耳に入る。
「翔流くんに告白したいってあの子、正気?」
「違うわよ。まどかに嫌がらせされてんのよ」
ああ、と納得の声が周りからもれる。
佳珠子は顔を真っ赤にしながらうつむいている。
濡れたような口紅を塗ったまどかの唇に、小悪魔的な笑みが広がる。
「だから、まどかね。勇気を出して告白してみたら、って言ったの。ほら佳珠子、翔流くんが目の前にいるよ。告白のチャンスだよ、がんばって。まどか、応援するよ」
「手作りクッキーを渡すんでしょ?」
「ハート型のクッキーをね!」
まどかの取り巻きたちも、佳珠子をせっついては、クツクツと忍び笑う。
教室がしんとなる。
クラス中の視線が、佳珠子に注目する。
「なーにが、応援するよ。あの意地悪女。最悪ー」
親友の暎子が、菜月の耳元でこそっと呟いた。するとまどかが、きっとなって振り返った。
「今あたしの悪口言わなかった! 誰? 聞こえたわよ!」
「はーい、意地悪女だなんて、あたし、言ってませーん」
ニタリと笑って暎子が手をあげる。
文句を言いたいところをぐっとこらえ、まどかは、ちっと舌打ちを鳴らした。
その顔がゆがむ。
愛らしい顔がだいなしの、すさまじい表情であった。
学年一の秀才である暎子には、まどかも一目置いている。
だから、何も言い返せないのだ。
だが、それがまずかった。
かわりに、まどかの苛立ちの矛先が、佳珠子に向けられるはめになる。
「佳珠子、はやく告りなさいよ。せっかくまどかが翔流くんとお話しできる機会を作ってあげたのよ」
「うん……」
耳まで顔を真っ赤にした佳珠子は、手に持っていた小さな包みを翔流の前に差し出した。
「あの、鴻巣くん……クッキー作ったの。よかったら食べてください……」
消え入りそうな声で佳珠子は言う。
「翔流くんに言いたいことは、それだけじゃないでしょう」
「でも、あたしなんか……」
佳珠子は泣きそうな目でまどかをみる。
「言ってみないとわからないじゃない。ほら、勇気を出して!」
告白の後押しをしているようで、単なる嫌がらせだ。
半眼になったまどかの目が、佳珠子を見据える。
言うことをきかないと、あたしたちの仲間に入れてあげないよ、と言っているようであった。
「あのね、あたしずっと前から、翔流くんのことが好き……」
震える声で、たどたどしく言う佳珠子の言葉を最後まで聞かず、翔流は遮った。
「気持ち悪っ」
そう言って翔流は椅子から立ち上がり、教室を出て行こうと足早に去って行く。
一方、気持ち悪いと言われた佳珠子は、顔に手を当て、わあっと泣きだした。
まどかの取り巻きたちが、お腹を抱えて笑い出す。
「気持ち悪いって、いくらなんでもないわー」
「仕方がないわよ。そもそも翔流くんと佳珠子じゃ、レベルが全然違うもの。釣り合わない感じ? 本気で付き合えると思ってたのかなあ」
まどかは口元に手を当て、おかしそうに笑った。
「ひどい!」
泣きながら、佳珠子はまどかを睨みつける。
「ええ! ひどいって、そんなこと言われるなんて心外。あたしは佳珠子の恋を応援しようと思っただけなのに。ひどいのは佳珠子よ」
嘘泣きを始めるまどかの周りを、男子たちがここぞとばかりに寄ってきて、ご機嫌をとり始めた。
「まどかさん、泣かないで」
「だって、まどかが悪いって言うんだよ。まどかのせいなの?」
男たちは揃って首を横に振る。
「まどかさんは全然悪くないです!」
そんなまどかから菜月は視線を外し、教室を出て行く翔流の後ろ姿を目で追った。
親友の暎子と一緒に登校した菜月は、教室に入るなり、クラスのみんなに囲まれた。
「車にひかれそうになったって聞いて、心配したよ」
「学校に来てだいじょうぶなの?」
「ありがとう。この通りなんともないの。翔流くんに……」
助けてもらったと、言いかけて菜月は口を閉ざす。
ちらりと窓際に座る翔流を見る。
彼は頬杖をつき、窓の外を眺めていた。
「え、何? 翔流くんがどうしたの」
女子たちがざわめきだした。
背が高くて整った顔立ち。
頭もよく、スポーツ万能。
時どき、ああやって遠くを見つめている姿もミステリアスだと、女子たちの間で翔流は人気が高い。
学校一のイケメンといわれ、学年関係なく、毎日のように誰かしらから告白を受けている。けれど、翔流はその告白を、ことごとく断っている。
だから、翔流に今のところ彼女はいない。
改めて、昨日助けてくれたお礼と、怪我のことを聞こうと、菜月は椅子から立ち上がったその時、背後からドンと強い衝撃を受け、足をよろめかせた。
誰かがぶつかってきたのだ。
ぶつかってきた相手は菜月のことなどおかまいなしに、真っ直ぐ翔流の元へと歩み寄る。
男の子たちの間から、おお、と嬉しそうな声があがった。
現れたのは、隣のクラスの山城まどかだ。
モデル級のきれいな子で、男子たちの憧れの存在である。
派手な雰囲気で人を引きつける彼女の回りには、いつも取り巻きが多い。
「翔流くん、ちょっといいかしら」
まどかは軽く腕を組み、小首を傾げた。
窓の外を見ていた翔流は頬杖をついたまま、ゆっくりとまどかを見上げる。
まどかは口角を上げ、にこりと微笑む。
「おお……まどかさんが微笑んだ」
「やっぱ、かわいいな~」
周りにいた男子たちが、だらしない顔でニヤけている。
「あのね、まどかのお友達がね、翔流くんと、お話がしたいって言うの」
まどかは人差し指を軽く口元に当て、くすりと笑う。
「この子よ」
こっちに来なさい、とまどかは後方にいる取り巻きの一人を手招きする。
まどかと目があったその女子は、おどおどとした様子で前に進み出た。
ぽっちゃりした体型に、髪を後ろで一つに束ねた、よく言えば真面目そう、悪く言えば地味目の女の子だ。
まどかのいる派手なグループには、少し浮いた存在に見えた。
「この子、小山佳珠子っていって、翔流くんのことが好きで告白したいんだって」
まどかの発言に、クラス中がざわついた。
ひそひそ声が耳に入る。
「翔流くんに告白したいってあの子、正気?」
「違うわよ。まどかに嫌がらせされてんのよ」
ああ、と納得の声が周りからもれる。
佳珠子は顔を真っ赤にしながらうつむいている。
濡れたような口紅を塗ったまどかの唇に、小悪魔的な笑みが広がる。
「だから、まどかね。勇気を出して告白してみたら、って言ったの。ほら佳珠子、翔流くんが目の前にいるよ。告白のチャンスだよ、がんばって。まどか、応援するよ」
「手作りクッキーを渡すんでしょ?」
「ハート型のクッキーをね!」
まどかの取り巻きたちも、佳珠子をせっついては、クツクツと忍び笑う。
教室がしんとなる。
クラス中の視線が、佳珠子に注目する。
「なーにが、応援するよ。あの意地悪女。最悪ー」
親友の暎子が、菜月の耳元でこそっと呟いた。するとまどかが、きっとなって振り返った。
「今あたしの悪口言わなかった! 誰? 聞こえたわよ!」
「はーい、意地悪女だなんて、あたし、言ってませーん」
ニタリと笑って暎子が手をあげる。
文句を言いたいところをぐっとこらえ、まどかは、ちっと舌打ちを鳴らした。
その顔がゆがむ。
愛らしい顔がだいなしの、すさまじい表情であった。
学年一の秀才である暎子には、まどかも一目置いている。
だから、何も言い返せないのだ。
だが、それがまずかった。
かわりに、まどかの苛立ちの矛先が、佳珠子に向けられるはめになる。
「佳珠子、はやく告りなさいよ。せっかくまどかが翔流くんとお話しできる機会を作ってあげたのよ」
「うん……」
耳まで顔を真っ赤にした佳珠子は、手に持っていた小さな包みを翔流の前に差し出した。
「あの、鴻巣くん……クッキー作ったの。よかったら食べてください……」
消え入りそうな声で佳珠子は言う。
「翔流くんに言いたいことは、それだけじゃないでしょう」
「でも、あたしなんか……」
佳珠子は泣きそうな目でまどかをみる。
「言ってみないとわからないじゃない。ほら、勇気を出して!」
告白の後押しをしているようで、単なる嫌がらせだ。
半眼になったまどかの目が、佳珠子を見据える。
言うことをきかないと、あたしたちの仲間に入れてあげないよ、と言っているようであった。
「あのね、あたしずっと前から、翔流くんのことが好き……」
震える声で、たどたどしく言う佳珠子の言葉を最後まで聞かず、翔流は遮った。
「気持ち悪っ」
そう言って翔流は椅子から立ち上がり、教室を出て行こうと足早に去って行く。
一方、気持ち悪いと言われた佳珠子は、顔に手を当て、わあっと泣きだした。
まどかの取り巻きたちが、お腹を抱えて笑い出す。
「気持ち悪いって、いくらなんでもないわー」
「仕方がないわよ。そもそも翔流くんと佳珠子じゃ、レベルが全然違うもの。釣り合わない感じ? 本気で付き合えると思ってたのかなあ」
まどかは口元に手を当て、おかしそうに笑った。
「ひどい!」
泣きながら、佳珠子はまどかを睨みつける。
「ええ! ひどいって、そんなこと言われるなんて心外。あたしは佳珠子の恋を応援しようと思っただけなのに。ひどいのは佳珠子よ」
嘘泣きを始めるまどかの周りを、男子たちがここぞとばかりに寄ってきて、ご機嫌をとり始めた。
「まどかさん、泣かないで」
「だって、まどかが悪いって言うんだよ。まどかのせいなの?」
男たちは揃って首を横に振る。
「まどかさんは全然悪くないです!」
そんなまどかから菜月は視線を外し、教室を出て行く翔流の後ろ姿を目で追った。
