「奥の手を使うしかないか」
翔流は目を閉じ、なにか呟やきながら右手を持ち上げる。
その指先に、折り紙で折ったような蝶がすう、と現れた。
「指導霊よ、どうか僕に力を貸してください」
指先にとまっていた蝶がゆっくりと羽を動かした。
「菜月の幽体を追って。彼女を守って!」
翔流の言葉とともに、蝶はひらひらと虚空を舞い、はばたきながら飛んでいく。
もちろん、蝶の姿は征樹には見えない。
「神埜さん、菜月の居場所を突き止められます。僕を信じてくれるなら、ついてきてください」
「わかった」
菜月、いますぐ助けにいく。
だから、もう少しだけ待って!
―――――― ‥―― ‥――‥
時刻は数十分ほど前にさかのぼる。
「あなたは……!」
菜月は目の前に立つ人物を見上げ、驚きの声を上げた。
何者かに襲われた時の記憶がよみがえる。
翔流くんに家まで送ってもらい、玄関の鍵を開けようとして、背後から近づいてくる気配に気づき振り返る。
心臓が跳ね上がった。
背後に、赤いレインコートを着た女が立っていたからだ。
学校で噂になった交差点で亡くなった幽霊の話を思い出し、顔を引きつらせた。
だが、幽霊にしてははっきりと視える。
生者と死者の区別もつかないくらい、視えるようになったのかと衝撃を受けたが、その女の手に、カッターナイフが握られていることに気づき、血の気が引いた。
もしかして、幽霊ではなく通り魔?
だって、赤いレインコートの幽霊は、翔流くんが封じたから動けないはず。
身の危険を感じ、逃げ出そうとした菜月はさらに悲鳴を上げた。
赤いレインコートを着た女が突然、前のめりに倒れたからだ。
倒れた女の背後に、もう一人別の人物が立っていた。
その人物こそ、今まさに目の前にいる男であった。
汚れてくたびれた上着に、すりきれたズボン。
ボサボサの伸びきった髪とひげ。
その人物は、学校近くの交差点の隅に座り込んでいた不審者であった。
不審者は生気のない目でこちらを見下ろしている。
「どうして私を……うっ」
魚の腐ったような臭いに胸をつかえさせた。
何日もお風呂に入っていないとか、そういう臭いではない。
そう、まどかの身体から漂ってきた腐臭と似た臭いであった。
相手の男の濁った目が揺らぐ。
「どうしてだと? それは、自分の胸に聞いてみるべきだろう」
何を言われているのか、さっぱりわからなかった。
「忘れたとは言わせない」
「忘れるもなにも、本当に、何のことか……」
「黙れっ!」
怒鳴り声を発した男の身体に、黒いもやがまとわりついているのが視えた。
「ひっ!」
恐ろしさに悲鳴が喉にはりついた。
この人、悪い霊に取り憑かれている。
「おまえが学校で娘をいじめ、自殺に追いやった張本人だろ!」
「自殺?」
「娘は学校でいじめられていた。あの日も、同級生に呼び出された娘は、陰湿ないじめを受け、水をかけられた。娘は泣きながら学校を飛び出し……交差点で車にはねられた」
菜月は唇を震わせた。
「あなたは、藤白桜花さんの」
「父親だ」
不審者、いや、藤白は低い声で言う。
翔流は目を閉じ、なにか呟やきながら右手を持ち上げる。
その指先に、折り紙で折ったような蝶がすう、と現れた。
「指導霊よ、どうか僕に力を貸してください」
指先にとまっていた蝶がゆっくりと羽を動かした。
「菜月の幽体を追って。彼女を守って!」
翔流の言葉とともに、蝶はひらひらと虚空を舞い、はばたきながら飛んでいく。
もちろん、蝶の姿は征樹には見えない。
「神埜さん、菜月の居場所を突き止められます。僕を信じてくれるなら、ついてきてください」
「わかった」
菜月、いますぐ助けにいく。
だから、もう少しだけ待って!
―――――― ‥―― ‥――‥
時刻は数十分ほど前にさかのぼる。
「あなたは……!」
菜月は目の前に立つ人物を見上げ、驚きの声を上げた。
何者かに襲われた時の記憶がよみがえる。
翔流くんに家まで送ってもらい、玄関の鍵を開けようとして、背後から近づいてくる気配に気づき振り返る。
心臓が跳ね上がった。
背後に、赤いレインコートを着た女が立っていたからだ。
学校で噂になった交差点で亡くなった幽霊の話を思い出し、顔を引きつらせた。
だが、幽霊にしてははっきりと視える。
生者と死者の区別もつかないくらい、視えるようになったのかと衝撃を受けたが、その女の手に、カッターナイフが握られていることに気づき、血の気が引いた。
もしかして、幽霊ではなく通り魔?
だって、赤いレインコートの幽霊は、翔流くんが封じたから動けないはず。
身の危険を感じ、逃げ出そうとした菜月はさらに悲鳴を上げた。
赤いレインコートを着た女が突然、前のめりに倒れたからだ。
倒れた女の背後に、もう一人別の人物が立っていた。
その人物こそ、今まさに目の前にいる男であった。
汚れてくたびれた上着に、すりきれたズボン。
ボサボサの伸びきった髪とひげ。
その人物は、学校近くの交差点の隅に座り込んでいた不審者であった。
不審者は生気のない目でこちらを見下ろしている。
「どうして私を……うっ」
魚の腐ったような臭いに胸をつかえさせた。
何日もお風呂に入っていないとか、そういう臭いではない。
そう、まどかの身体から漂ってきた腐臭と似た臭いであった。
相手の男の濁った目が揺らぐ。
「どうしてだと? それは、自分の胸に聞いてみるべきだろう」
何を言われているのか、さっぱりわからなかった。
「忘れたとは言わせない」
「忘れるもなにも、本当に、何のことか……」
「黙れっ!」
怒鳴り声を発した男の身体に、黒いもやがまとわりついているのが視えた。
「ひっ!」
恐ろしさに悲鳴が喉にはりついた。
この人、悪い霊に取り憑かれている。
「おまえが学校で娘をいじめ、自殺に追いやった張本人だろ!」
「自殺?」
「娘は学校でいじめられていた。あの日も、同級生に呼び出された娘は、陰湿ないじめを受け、水をかけられた。娘は泣きながら学校を飛び出し……交差点で車にはねられた」
菜月は唇を震わせた。
「あなたは、藤白桜花さんの」
「父親だ」
不審者、いや、藤白は低い声で言う。
