「山城さん、あなた」
菜月の目にまどかの背後でうごめく黒いもやが視えた。
彼女もよくない霊に取り憑かれている。
いや、まどか自身が悪い霊を呼び寄せているのか。
その証拠に、黒いもやがまどかに吸収され膨れあがっている。
まどかの身体から、腐った魚のような悪臭がただよってくる。
不浄を好む、悪霊が放つにおいだ。
そのせいで、胸がムカムカしてきた。
菜月は口元を押さえ、
「気持ち悪……っ!」
と、呟く。
「ちょっと! まどかに向かって気持ち悪いってなによ!」
「あ、違っ……臭いがきつすぎて」
眉根を寄せる菜月に顔を近づけ、まどかはにっと笑う。
「人並み程度の顔のあんたと翔流くんとじゃ、釣り合わないってこと、わかるでしょう? 翔流くんとお似合いなのは、かわいい、あ・た・し」
「でも、翔流くんの好みは、山城さんじゃないと思うよ」
怒りで顔を真っ赤にしたまどかが手を振り上げた。
平手打ちが放たれ、まどかの爪で頬が傷つく。
「こいつ、生意気」
「懲らしめてやりましょうよ、まどかさん」
「そうね」
と、あごをそらし、菜月を見下ろすまどかの顔に、残忍な笑みがのぼる。
そこへ、廊下の方で声がした。
何人かが駆けつけてくる足音が聞こえる。
「何やってる、おまえら!」
「やばっ」
「先生が来た」
廊下から綴木先生の声が聞こえ、まどかたちは逃げるようにトイレから去って行く。
その時、菜月の足元に何かが落ちた。
まどかのポケットから落ちたスマホであった。
菜月はスマホを拾う。
「菜月、だいじょうぶ!」
綴木先生と一緒に暎子もやって来る。
なかなか教室に戻ってこない菜月を心配し、先生を呼んできてくれたのだ。
「ずぶ濡れじゃないか! なにがあった」
目を丸くする綴木先生に、何でもありませんと菜月は首を振る。
「うっかり、水をかぶって」
「嘘言わないでよ! どうやったらうっかり水をかぶるのよ。まどかにやられたんでしょ!」
咄嗟に、暎子は近くにあったモップを手にとる。
まどかたちを追いかけようとする暎子を、菜月は引き止めた。
「何で止めるのよ。仕返しにあいつらの口の中に、このモップを捻じ込んでやる」
言いながら、暎子はトイレの便器に、まんべんなくモップの先をこすりつける。
うわ……暎子って怒らせると怖いんだ。
知らなかった。
「とにかく風邪をひいてはいけない。お父さんに連絡をとって迎えにきてもらおう」
「いいえ、だいじょうぶです。体操着に着替えて今日はもう帰ります。いいですか?」
「もちろんだ。じゃあ、先生がお父さんに連絡を」
しかし、菜月はううん、と首を振る。
「今日は仕事が忙しくて遅くなると言っていたから、無理だと思います。それに、家、近いし、一人で帰れます」
「先生、心配しなくても、あたしがちゃーんと菜月を送りますから。って綴木先生、顔色が悪いけど、だいじょうぶですか? 手も震えてません?」
「あ? いや、なんでもない。だいじょうぶ……問題ない」
「ふーん。ならいいんですけど」
暎子は目を細め綴木先生を見やる。
「じゃあ、神埜のことを頼んだぞ、深水」
「任せてください。菜月、その姿じゃ教室に戻りづらいでしょう? カバンと着替えの体操着を取ってくるから待ってて」
「うん、お願い」
しばらくして、着替えとカバンを手に暎子が戻ってきた。
体操着に着替えを済ませ、濡れた制服を代わりに体操着袋に押し込む。
女子トイレを出ると、離れたところで翔流が、腕を組み壁に背をあずけながら立っていた。
「送っていく」
「うん。ありがとう。でも、平気だから」
翔流の顔を見た瞬間、泣きそうになる。だから、ふいっとそっぽを向いた。
「平気って顔じゃないだろ」
ぶっきらぼうに言って、翔流は先頭を歩いて行く。
その後ろ姿が頼もしく見えた。
心細くて、悲しい気持ちにぽっと灯がともったようで温かくなった。
安心感という言葉がぴたりとあてはまる。
本当なら、暎子がいるから帰れると強がりを言っていたかもしれないが、なんとなく翔流くんの側にいたいような気がして今日は素直に甘えることにした。
菜月の目にまどかの背後でうごめく黒いもやが視えた。
彼女もよくない霊に取り憑かれている。
いや、まどか自身が悪い霊を呼び寄せているのか。
その証拠に、黒いもやがまどかに吸収され膨れあがっている。
まどかの身体から、腐った魚のような悪臭がただよってくる。
不浄を好む、悪霊が放つにおいだ。
そのせいで、胸がムカムカしてきた。
菜月は口元を押さえ、
「気持ち悪……っ!」
と、呟く。
「ちょっと! まどかに向かって気持ち悪いってなによ!」
「あ、違っ……臭いがきつすぎて」
眉根を寄せる菜月に顔を近づけ、まどかはにっと笑う。
「人並み程度の顔のあんたと翔流くんとじゃ、釣り合わないってこと、わかるでしょう? 翔流くんとお似合いなのは、かわいい、あ・た・し」
「でも、翔流くんの好みは、山城さんじゃないと思うよ」
怒りで顔を真っ赤にしたまどかが手を振り上げた。
平手打ちが放たれ、まどかの爪で頬が傷つく。
「こいつ、生意気」
「懲らしめてやりましょうよ、まどかさん」
「そうね」
と、あごをそらし、菜月を見下ろすまどかの顔に、残忍な笑みがのぼる。
そこへ、廊下の方で声がした。
何人かが駆けつけてくる足音が聞こえる。
「何やってる、おまえら!」
「やばっ」
「先生が来た」
廊下から綴木先生の声が聞こえ、まどかたちは逃げるようにトイレから去って行く。
その時、菜月の足元に何かが落ちた。
まどかのポケットから落ちたスマホであった。
菜月はスマホを拾う。
「菜月、だいじょうぶ!」
綴木先生と一緒に暎子もやって来る。
なかなか教室に戻ってこない菜月を心配し、先生を呼んできてくれたのだ。
「ずぶ濡れじゃないか! なにがあった」
目を丸くする綴木先生に、何でもありませんと菜月は首を振る。
「うっかり、水をかぶって」
「嘘言わないでよ! どうやったらうっかり水をかぶるのよ。まどかにやられたんでしょ!」
咄嗟に、暎子は近くにあったモップを手にとる。
まどかたちを追いかけようとする暎子を、菜月は引き止めた。
「何で止めるのよ。仕返しにあいつらの口の中に、このモップを捻じ込んでやる」
言いながら、暎子はトイレの便器に、まんべんなくモップの先をこすりつける。
うわ……暎子って怒らせると怖いんだ。
知らなかった。
「とにかく風邪をひいてはいけない。お父さんに連絡をとって迎えにきてもらおう」
「いいえ、だいじょうぶです。体操着に着替えて今日はもう帰ります。いいですか?」
「もちろんだ。じゃあ、先生がお父さんに連絡を」
しかし、菜月はううん、と首を振る。
「今日は仕事が忙しくて遅くなると言っていたから、無理だと思います。それに、家、近いし、一人で帰れます」
「先生、心配しなくても、あたしがちゃーんと菜月を送りますから。って綴木先生、顔色が悪いけど、だいじょうぶですか? 手も震えてません?」
「あ? いや、なんでもない。だいじょうぶ……問題ない」
「ふーん。ならいいんですけど」
暎子は目を細め綴木先生を見やる。
「じゃあ、神埜のことを頼んだぞ、深水」
「任せてください。菜月、その姿じゃ教室に戻りづらいでしょう? カバンと着替えの体操着を取ってくるから待ってて」
「うん、お願い」
しばらくして、着替えとカバンを手に暎子が戻ってきた。
体操着に着替えを済ませ、濡れた制服を代わりに体操着袋に押し込む。
女子トイレを出ると、離れたところで翔流が、腕を組み壁に背をあずけながら立っていた。
「送っていく」
「うん。ありがとう。でも、平気だから」
翔流の顔を見た瞬間、泣きそうになる。だから、ふいっとそっぽを向いた。
「平気って顔じゃないだろ」
ぶっきらぼうに言って、翔流は先頭を歩いて行く。
その後ろ姿が頼もしく見えた。
心細くて、悲しい気持ちにぽっと灯がともったようで温かくなった。
安心感という言葉がぴたりとあてはまる。
本当なら、暎子がいるから帰れると強がりを言っていたかもしれないが、なんとなく翔流くんの側にいたいような気がして今日は素直に甘えることにした。
