鴻巣翔流の心霊事件 -学校一のイケメンは霊能者!-

「よし!」
 神埜菜月神埜菜月(こうのなつき)は満足そうにうなずいた。
「今日も卵焼きがきれいに焼けた」
 焦げ目のない、ふんわりとした卵焼き。
 切られた断面がまるでバームクーヘンのよう。

 我ながら、美しい仕上がりだと思う。
 包丁で均等に切った卵焼きをお弁当につめる。

 今日のおかずは、チーズと大葉の豚肉巻き、ポテトサラダ、にんじんのグラッセ、サツマイモの炊き込みご飯。
 最後にミニトマトをつめ、お弁当の完成。

 お弁当ができあがったと同時に、リビングのドアが開いた。
 若い男が寝ぼけ顔で入って来る。
 寝起きで髪があちこちはねているが、顔立ちは驚くほど整った超イケメン。

 歳は二十代後半。
 すらりとした長身に長い手足。
 開いたパジャマの前ボタンからのぞく胸元は、筋肉質で引き締まっている。
 菜月の父、神埜征樹(まさき)だ。

「パパ、おはよう!」
「おはよう、菜月」

 テーブルについた征樹の前に、菜月はいれ立てのコーヒーを置く。
 たちまち、コーヒーの香りがリビングに広がった。

「今日の朝飯もうまそうだ」
 テーブルには、トーストと目玉焼き、ハムとサラダ。ヨーグルトにリンゴ。
「いつもと同じだよ」

 菜月はくすりと笑い、征樹の向かいの席につく。
 テレビのリモコンを取り、電源をいれた。
「いただきます」
 二人は手を合わせ、朝食を食べ始める。

「菜月の料理はやっぱりうまいな。この目玉焼きの半熟さが絶妙」
「もう、おおげさだから。ただ焼いただけだよ」
 と、言いつつも、褒められて菜月は嬉しそう。

 パパは菜月の手料理をいつも美味しそうに食べ、褒めてくれる。
「パパ、今日も帰りが遅いの?」
 征樹の仕事は刑事である。
 時間が不規則で、夜遅く帰宅することもしばしば。
 それどころか、二、三日、家に帰って来られないこともある。

「いや、追っていた事件も一段落したから、なにか事件が起きない限りは、早く帰ってこれそうだ」
「じゃあ、夕飯作って待ってるね」
 そこへ、テレビのニュースが流れた。

『昨夜未明、六十代女性が突然現れた男に、背後からナイフのようなもので刺され――』

 物騒な事件に、菜月は眉をひそめる。
「最近こういう事件が多いね。三ヶ月前にもこの辺りで通り魔事件があったでしょう」
 事件のことを思い出し、菜月は不安そうな声を落とす。

 三ヶ月前、菜月の通う中学校の女子生徒が、塾帰りに通り魔に襲われたのだ。
 さいわいなことに、スカートをカッターナイフで切られただけで、大きな怪我はなかったが、事件当初は大騒ぎになった。

 閑静な住宅街で起きた事件。
 目撃した者もいない。
 近くの防犯カメラに、赤いレインコートを着た人物が女子生徒を襲う場面が映っていたが、いまだ犯人逮捕まではいたっていない。

 赤いレインコートを着た人物って。
 菜月の学校ではやっている、都市伝説を思い出す。

 そんなわけないよね。
 幽霊が人を襲うわけがないもん。

 それきり、通り魔犯は現れなくなったため、しだいに事件の記憶も薄れていった。
「菜月も夜遅くに出歩くんじゃないぞ」
「うん、わかってる」
「俺の可愛い菜月が危険な目にあったらと思うと……」
 菜月は呆れたように笑う。

 私を心配してくれるのは嬉しいけれど、パパは少し過保護なところがあるのよね。

「それよりもパパ、遅刻しちゃうよ」
「おっと、今日は朝から大事な会議があるんだった」
 征樹は、残ったコーヒーを飲み干す。
 出かける支度を調え、玄関で靴を履く征樹に、菜月はお弁当を渡す。

「はい、お弁当」
「いつも悪いな。朝食にお弁当作りじゃ、菜月も大変だろう。無理しなくていいんだぞ」
「そんなこと言ったらパパ、お昼はコンビニでてきとうに済ませるか、食べないかのどっちかでしょ」
 図星だったのか、征樹はあはは、と笑って頭に手をやる。

「私、お料理するの好きだし、パパが喜んで食べてくれるから作りがいがあるの」
「うん、菜月の料理は最高」
 菜月はふーん、と目を細める。
「一番はママでしょう」
 うっ、と言葉をつまらせる征樹に、菜月はくすくすと笑う。

「なーんてね。ほら、行かないと本当に遅刻だよ」
「じゃあ、行ってくる。菜月も気をつけろよ」
「うん、行きも帰りも暎子と一緒だし、もし何かあったらパパに連絡する」

「俺が家にいない時は、きちんと戸締まりするんだぞ。それから……」
「はいはい、わかってるから。いってらっしゃーい!」
 征樹の背中を押すように、菜月は送り出す。

 本当にパパは心配性なんだよね。
 私だって、もう中学生だよ。
 いつまでも子どもじゃないんだから!

 リビングに戻り、後片付けを済ませる。
 学校へ行く準備を整えた菜月は、お仏壇の前に座り手を合わせた。
「ママ、行ってくるね」
 微笑みを浮かべる母の写真に話しかけ、菜月は家を出た。