鴻巣翔流の心霊事件 -学校一のイケメンは霊能者!-

「危険だから菜月はここにいて」
「だって小山さん、様子がおかしかった。別人みたいだった」
「わかってる。彼女になにかが取り憑いていた」
「黒い影のことだよね?」
「え?」
 二人の間に沈黙が落ちる。

「視えたのか? 菜月にもあれが」
 菜月は言葉を失う。

 視えた。
 視えてしまった。
 私、視える体質になったの?
 霊感なんか、これっぽちもなかったのに!

 翔流くんに聞きたいことはいろいろあるが、今はそれどころではない。
「とにかく、小山さんを追いかけないと」
 翔流の手を振り切り、菜月は教室を出た。
 翔流も後をついてくる。

 佳珠子は勢いよく階段を駆け上がり屋上に出た。
 迷うことなく屋上の柵によじ登る。
「小山さん、何してるの、戻って! 危ないから戻って!」
「うるさいうるさい! どいつもこいつもあたしのことを笑いものにして! もうこんな学校なんかイヤだ! 何もかもイヤ!」
「だめっ!」
 悲鳴を抑え込むように、菜月は口元に手を当てた。

 佳珠子の身体にまとわりついていた黒い影が少しずつ人型を作る。
 その影は佳珠子の腕を引き、柵の向こうへと誘いこもうとしていた。



 フフ、オイデヨ コッチニ オイデ
 ココカラ トビオリタラ ラクニナレルヨ



 翔流はちっと舌打ちをし、上着のポケットから数珠を取り出した。
「翔流くん!」
「小山さんに未浄化の霊が取り憑いている。そのせいで、自分自身を見失っているんだ。このままだと、取り憑かれた霊に殺される」
「助けてあげて」
「もちろんだ!」

 柵のてっぺんまで登った佳珠子のスカートが、吹き付ける風にひるがえる。
 翔流は息を吸って吐き出した。

「動くな!」
 数珠をさっと振り、鋭い声音で言い放つ。
 人型をとった黒い影が、ぴたりと嗤うのをやめた。
「彼女から離れろ」



 イヤダネ コイツモ ミチヅレ



「おまえがいるべき場所はここではない。僕の言うことを聞けば、おまえがこの世に残した未練をできる限り聞きとげ、浄化の道へ進めるよう手伝おう。だから彼女から離れろ」



 イヤダ イヤダ コッチノセカイ ノ ホウガ イゴコチガイイ
 ドコニモ イキタクナイ



「行くべき時にいかないと、自力では二度と上にあがれなくなる。それでもいいのか?」



 シッタコトジャ ナイネ



 翔流は表情をけわしくする。
「説得に応じないのならやむを得ない。生きている者に危害を加えるおまえを、このまま野放しにしてはおけない」



 ダッタラ ドウスル?



「仕方がない。小山さんの命がかかっている」



 ドウスルンダ フフフ



「除霊だ」
 翔流は数珠を握りしめ直した。

「天地にき揺らさかすは、さ揺らかす――」

 翔流は何かを唱え始めた。
 次第に佳珠子に取り憑くソレが苦悶の表情を浮かべる。
「散れ!」
 と声を放ち、翔流は空を切るように数珠を一閃させた。



 あああぁぁぁ――――ぁ――――……。



 黒い影が悲鳴を上げ霧となり、虚空に散っていく。
 同時に、佳珠子は柵の上から転がり落ちた。
「ううぅぅぅ……」
 佳珠子の口から苦しげな呻き声が聞こえる。

 そこへ、階段の方から声が聞こえ、綴木先生を先頭に、何人かの先生たちが屋上へとやってきた。
 さらに、その後ろから生徒たちも現れる。
 綴木先生は佳珠子に走り寄り、抱え起こす。

「小山、だいじょうぶか? いったい、どうしたんだ! 何であんなことを!」
 校舎下から、佳珠子が柵を越えようとしている姿が見え、屋上へ駆けつけたのだ。
 心配する先生や生徒たちの声に混じり、背後からクスクス笑う声が聞こえた。

 山城まどかと、取り巻きたちがこの状況を笑いながら見ていた。
「人騒がせなんだから。ね、まどか」
「ふふふ、飛び降りなんて、小山にそんな度胸があるわけないじゃない」
 小声でそんな会話を交わしているのが聞こえた。

 小山さんが危なかったのに、あんなひどいことを言うなんて許せない!

 まどかたちを諫めようとした菜月の腕を、翔流がつかんで引き止める。
「翔流くん」
 翔流は静かに首を横に振った。
 先生に抱き上げられ、保健室へと運ばれる佳珠子がこちらを見る。

 ぞっとするような、怨みのこもった目であった。
 佳珠子の唇がかすかに動く。

 死ね。呪ってやる――と。

 背筋が凍った。
「翔流くん、小山さんに取り憑いていたあの黒い影の正体はなんだったの?」
「彼女の心の弱さにつけ込んだ未浄化の霊だ。浄化を拒んだからやむを得ず祓った。けど……」
「けど?」
「もしかしたら、これだけでは終わらないかもしれない」