鴻巣翔流の心霊事件 -学校一のイケメンは霊能者!-

「菜月、ちょっといいか?」
 昼休み、席で親友の暎子と喋っていたところへ、翔流がやってきた。
 ざわついていた教室が、一瞬で静まりかえる。

 みんながこちらに注目しているのが分かった。
 突き刺すような、女子たちの視線が痛い。

「え? 今……」
「そう、今。話がある」

 そうじゃなくて。
 いや、それもあるのだが。
 今、菜月って、下の名前で呼んだよね、って言いたかったのだ。
 それも呼び捨てで。
 いつから?
 昨日までは神埜さんって呼ばれていたのに。

 突然、名前で呼ばれ心臓が跳ね上がる。
 だけど、こんな人目があるところで呼び出さなくても。
 菜月は椅子から立ちあがった。

 暎子がにやにや笑いながら、いってらっしゃーい、と手を振る。
「後で話を聞かせて!」

 そんなんじゃないから。

 クラスの女子たちの無言の圧力が怖い。

 もう一度言うけど、翔流くんとは本当に、そんなんじゃないんだから!

 あからさまに向けられる彼女たちの突き刺す視線を横目に、翔流とともに菜月は教室を出た。
 廊下で、小山佳珠子とすれ違う。
 佳珠子は、睨みつけるようにこちらを見る。
 まるで、仇か何かを見るような目だ。

 思わず背筋が凍った。
 連れられた場所は、屋上へと続く階段の踊り場だった。
 到着するなり、開口一番翔流は言う。

「言い忘れていたが、昨日のことは誰にも言うな。僕が霊能者だってこと」
 翔流は霊能力で、交差点にいた地縛霊を封じた。
 さらに、車にはねられ、地縛霊に捕らわれていた子の霊を、母親の元へと送り出した。

 今日があの子の四十九日だと母親は言っていた。
 無事、あちらの世界へ旅立っただろうか。

「安心して、言わないから。言わないから、安心して」
 大切なことだから二度言う。

 学校一のイケメンが、まさか霊が、視えて、祓えて、成仏させられる霊能者だと、他の人に話しても信じないだろう。
 いや、翔流くんの言うことなら、みんな信じるかも。
 むしろ、カッコいいといって、人気がいっそううなぎ登りな気がする。

「ならいい」
「話ってそれだけ?」
「それだけ」
「はあ?」
 思わずあきれたような声がもれる。

 わざわざみんなの前で呼びだしてまで言うこと?
 おかげで、女子たちに睨まれたではないか。

 多分、翔流くんは自分が女の子たちから絶大な人気を得ているって気づいていないのかも。

 そういうの興味なさそうだったし。

 やれやれと菜月は肩をすくめる。
「ねえ、聞いていい?」
「なに?」
「霊に悩まされている人の手助けをしているって言っていたけれど、いつから?」
 翔流は腕を組み、考え込む顔をする。

「本格的に始めたのは、最近かな。子どもの頃からなぜ、こんな力を持って生まれたんだろうと悩んだけれどね。母方の祖母も視える体質で、拝み屋をやっていたから、きっとその血を受け継いだのかも。だけど、こんな力を持っているせいで、母には気味悪がられ避けられた。周りからも、化け物扱いされることも」
 菜月の顔にしまった、という感情が浮かぶ。
 嫌な過去を思い出させた。

「だから僕は、幼稚園に入る頃から祖母の家に預けられていた。その祖母に霊能者として力の使い方を教わり、修行をしながら祖母の元に来る依頼の手伝いをしている。今はまだ、簡単な依頼のみだけど」
「へえ……」
 昨日のあれが簡単な部類に入るなら、本格的に依頼を手がけるようになったら、どれだけすごいのだろう。
 想像がつかない。

「僕も、聞いていい?」
「ん?」
「菜月のお父さんって、すごく若く見えるけど」
「見えるじゃなくて、若いの。まだ二十代だよ。二十八歳」
「二十八……」
 腕を組み、翔流は頭の中で計算するように考え込む

「え? 菜月の両親って、何歳で結婚したんだ? ていうか、無理があるような」
 菜月はふふふ、と笑った。
「ママはシングルマザーだったの。若いときに私を産んで、それから、年下の今のパパと出会って再婚したの。だから、私とパパは血が繋がってない」
「え!」
「驚いた?」
「ま、まあ……でも、菜月の母さんは」
「三年前に亡くなったよ。ママが亡くなった後も、パパはずっと私の側にいてくれてるの」
「ちょっと、信じられないけど……」

「だよね。本当の娘じゃないのに、それでもパパは私を大切にしてくれている。だから、パパにはとっても感謝してるんだ」
「どうりで」
「うん?」
「昨日、菜月を送った時、すごく睨まれた。怖かった」
「なんで?」
 さあね、と誤魔化すように翔流は肩をすくめる。

「菜月の彼氏になった奴は大変そうだな」
「ところで、どうして私のこと名前で呼ぶの? 昨日は名字だったよね」
「名前の方が呼びやすいから。それだけ。深い意味はない」
「ふーん」
 まあ、別に名字でも名前でもどっちで呼ばれてもいいけど。
 だけど、ちょっとくすぐったい気がする。
 その時、授業が始まる予鈴が鳴った。
「そろそろ、戻らないと」

 教室に戻ると、案の定、クラスの女子たちがわらわらと集まってきた。
「ねえ、二人で何を話してたの?」
「たいしたことじゃないよ」
「うそー! わざわざ呼び出されたんだもの、もしかして告白された?」
「違うって」
「もう! もったいぶらずに教えてよ」
「本当に、話すようなことじゃないんだって」

「おーい、授業を始めるぞ。みんな席につけ」
 まだまだ、話を聞きたそうにしている女子たちであったが、現れた先生によって、やむなく中断することになった。