【二十三時】
神谷先輩に連れられて入ったのは、職場の近くにある落ち着いたバーだった。
薄暗い照明とジャズのBGMが流れる中、並んで座ったカウンターの椅子。
グラスの氷が静かに音を立てる。
私は一息にカクテルをあおり、ぽつりとつぶやいた。
「なんで男って、浮気するんですかね」
先輩は苦笑しながら、タバコをくわえた。
「あくまで一般的な話だけど」
そう前置きして、長い指でマッチを擦る。
手もとに灯った炎に顔を寄せ、ゆっくりと煙を吐き出す。
「恋人と愛を確かめ合うためにするより、その場限りの相手と欲望を解消するためだけにするほうが、気持ちいいってやつもいるんじゃね」
思わず言葉に詰まり、眉をしかめる。
「……最低」
神谷先輩は指にタバコを挟んだまま、視線をこちらに向けた。
「あー。お前、恋人としかしたことないんだ?」
「な……っ!」
頬が熱くなるのを自覚しながら、神谷先輩を睨む。
「経験不足だって言いたいんですか?」
「いや」
くすっと笑って、先輩はグラスを傾けた。
「そういうところが、お前のいいとこなんじゃね?」
子ども扱いされているような気がして、むっとする。


