【二十四時】
バーに戻ると、先輩はカウンターでグラスを指先で回していた。
ドアの音に気づき、ゆっくりとこちらを見る。
「終電、間に合わなかったか?」
私が無言でうなずくと、先輩が低く笑った。
「お前、嘘下手すぎ」
その一言だけで、頬が熱くなる。
グラスを置いた先輩が、すっと立ち上がった。
そして、ためらいもなく私の手を取る。
骨ばった男の人の手。
大きくて、あたたかくて、力強くて。
心臓が、破裂しそうなくらい音を立てる。
「悪い子だな」
囁くような声で言われる。
「彼氏がいるのに、俺みたいな男に引っかかるなんて」
低く、挑発するような声。
それなのに、優しくて。
その余裕が、ずるい。
すべてを見透かすようなまなざしを向けられ、私は小さく息をのんだ。
――引き返すなら、今だ。
そうわかっているのに、私はその手を振りほどくことができなかった。


