【二十二時半】
私は財布も家の鍵も持たずに、彼氏と同棲している部屋を飛び出した。
ポケットの中にはスマホひとつだけ。
実家は遠いし、女友達を頼る気にもなれない。
無一文でひと晩過ごせる場所なんて、会社くらいしか思いつかなかった。
私は重い足取りで、数時間前に通った道のりを逆戻りする。
ビルの警備員と挨拶を交わしてエレベーターに乗った。
忙しい職場だけど、大きな案件が終わったばかりでこの時間なら、残業している人はいないだろう。
そう思っていたのに、薄暗いフロアにひとつだけぽつりと灯りがついていた。
モニターの前には、見慣れた背中。
「……神谷先輩?」
私の声に振り向いたのは、やっぱりあの人だった。
長身でたくましい体に、伸びた黒い髪を後ろでしばった無造作な髪形。
モニターの明かりに照らされた、彫りが深くて男らしい顔立ち。
「なんでこんな時間に会社にいるんですか」
私が問いかけると、先輩は伸びをしながら小さく笑った。
「ん。ちょっと納得いかないところがあって。提出明日の朝だから、少しだけいじってた」
そう言う彼に近づき、背中越しにモニターをのぞきこむ。


