この恋、予定外。

高橋さんは私が黙ったからと言って、その隙に畳かけようとはしてこなかった。
本当に、ただただ説明を並べる。

「だからベースは揮発系オイルを減らして、密着ポリマーを増やしました」

気づけば自分の頬を軽く触っていた。

「営業は夕方この顔、って妥当だろ?」

会議室に、ひんやりとした一滴を落とされたような気分。

ちらりと彼を見やると、無表情でこちらを見ている。
討論では負けない。そう言われているような。


私は資料をもう一度見る。
確かに書いてある。

小さく。すごく小さく。
…ちゃんと書いてある。


そこで隣にいる桐山課長が口を開いた。

「原価はどうなってる?」

部下が追い詰められているのを悟ってなのか、このタイミングでたまたま切り出したかったのか、それは分からないが。
会議室の空気が少し変わったのでちょっと安心する。


高橋さんは今度はパソコンを見ながら答えた。

「現状、目標原価を十二円オーバーしてます」

企画部の社員が顔を上げた。

「十二円?」

「地味に痛いですね」

と、マーケ担当が苦笑する。

高橋さんはスライドの一部を指して、「こればっかりはどうにもならないです」と少しだけめんどくさそうな声色で話した。

「密着ポリマーのコストが上がってますので」

この男の醸し出す威圧的な雰囲気に負けてなるものか。
そう思いながら意を決して尋ねる。

「これ、削れないんですか?」

「抜いたらこの処方の意味がない」

彼のそれは、即答だった。揺るぎない答え。

それでも私は首を振って粘った。

「でも、営業は厳しいです。棚で三百円違ったら負けます」

桐山課長が腕を組んだまま言った。

「じゃあどうする?」

私は資料を見ながら答える。

「売りを一本に絞るのはどうですか?」

捻り出した提案に、高橋さんが少しだけ眉を動かした。

「密着か?」

「違います」

私がすぐさま否定したことで、また会議室の空気が張り詰める。

「夕方でも顔が崩れない、これは絶対に強い。ここを打ち出したいです!」