この恋、予定外。

その瞬間、胸の奥に小さな音がした気がした。

“バトンを渡す”。
それは綺麗な言葉だ。前向きで、正しくて、ちゃんとした終わり方だ。
でも、その綺麗さが、今は少しだけ苦しかった。

高橋さんがいまどんな表情をしているのか、見るのが怖くて目を背けた。


「営業も、ここからが本番です」

横で瑞希さんが明るく言う。
会議室の空気を前に進めるみたいに、芯のある声だった。

「うちの森川がここまで積み上げてくれたので、しっかり売っていきます。ね、茉央」

「あ!はい!」

反射みたいに返事をする。
それが営業として正しいことなのだと、自分でも分かっていた。


会議はそのまま締めに向かった。

発売日、社内共有のスケジュール、初回展開の確認。細かい項目がひとつずつ埋まっていくたびに、“もう戻らない”という実感だけが増していく。

やがて朝倉課長がパソコンを操作し、スライドを消した。
それは─────すべてを終わらせるサインだ。


「じゃあ、これでいこう。みんな、お疲れさま」

ようやく解散の空気が流れ始める。
椅子が引かれる音。
資料を揃える音。

緊張が解けて、誰かが小さく息を吐く気配。


私は手元の紙をゆっくり重ねながら、その場ですぐに立ち上がれずにいた。
Last Fitが、“商品”として走り出す。


もう、試作の感想を理由に研究室へ行くこともない。
朝より軽いだとか、夕方の崩れがどうだとか、そういう細かい話をする機会も、きっと減っていく。

それが当然の流れなのに。
当然すぎて、余計に寂しい。