オルゴールが鳴る夜、何度でもきみの元へ

「神様なんて、いないよ」

低くも高くもない、不思議と耳に残る声が落ちてきて、私は、涙でくしゃくしゃの顔を上げる。

私が上がることのできなかった防波堤に、ひとりの女性が立っていた。

夕焼けを背にした逆光で、表情はよく見えない。
だけど、風に揺れるまっすぐに伸びた長い髪が美しく、浮世離れした雰囲気をまとってみえた。

「……誰……ですか?」
掠れた声でそう言うと、彼女は口元を緩めた。

「通りがかり」
そう言って、防波堤の上から軽く跳ぶ。

——タン。
小さな音を立てて、彼女は私の目の前に降り立った。

夕日が外れて、はっきりと見えたその表情は、目を奪われるほど美しかったけれど。
同時に、今にもすっと消えてしまいそうな、不思議な儚さがあった。

彼女の視線が、防波堤の先へと向けられる。

「……過去を変えてくれる神様なんて、いない」
遠くを見ているようなその表情に、唇をぎゅっと噛んだ。

「そんなの……分かってるけど、でも……っ」

——じゃあ、この気持ちはどうしたらいいの。

行き場を失った思いは、言葉にならないまま涙になってあふれ出した。

「——あなたが、助けに行けばいい」

彼女はそう言うと、私と視線を合わせるようにしゃがみ込む。
拍子に揺れた長い髪が、ふわりと、私の頬に触れた。

「……助けに……?」

目を丸くする私に、彼女は何も答えず、小さな木箱をそっと差し出した。

その木箱とお姉さんの間を何度か繰り返し見て、受け取った私は恐る恐るふたを開ける。

中に収まっていたのは、小さなオルゴールだった。
指先ほどのゼンマイが、控えめにこちらを見つめている。

「……これ、どういう意味……」
尋ねようとして、顔を上げた。

けれど、居るはずだったお姉さんの姿は、既になかった。

慌てて辺りを見渡すと、防波堤に沿って、遠ざかっていく女性の後ろ姿が見える。

「待って!これ、なんなんですか!」
思わず大きな声を出す。

けれど、彼女は振り返らず、後ろ手に、ひらりと手を振って返した。

「ええ……?」
戸惑いながら、受け取ってしまった手元のオルゴールを見つめる。

夕焼けの中へ溶けていく、掴みどころのない後ろ姿を、私は見送ることしかできなかった。