オルゴールが鳴る夜、何度でもきみの元へ

「汐莉」

後ろから名前を呼ばれて、私は一度、唇を噛んでから振り返った。

「ごめん、気遣わせちゃったよね……」
視線を合わせるのが少し怖くて、声が弱くなる。

名前を呼んでくれたのは、翼だった。

「いや」
彼は短く言って、少しだけ肩をすくめる。

「俺も、授業出る気分じゃなかっただけ」

そう言って小さく笑った彼は、私の前に立って、何の躊躇いもなく手を引いた。

突然つかまれた手のひらに驚いているうちに、翼は階段を駆け上がっていく。
そして、息をつく暇もないまま、校舎の最上階、5階の隅にある視聴覚室へと足を踏み入れた。

手は、彼が教室に入ると同時にすっと離れていった。

入口で立ち尽くしていると、翼は迷いなく窓際へ進み、積み重ねられた椅子の上によいしょと乗る。
私も、誘われるように窓に近づいて、翼がいる椅子の山の隣に立った。

窓の外には、大きく広がる海が広がっている。

「あ……すごい」
確かに、高い位置から見れば見るほど、綺麗な景色が見えそうだった。

「視聴覚室ってほぼ使わないんだよな。こんないい景色なのにもったいない」
「翼って、良い場所たくさん知ってるよね」

「たまたまだよ」
さらっと答える声に、私は彼の横顔を見つめる。

クラスでは、誰にでも隔てなく笑う人気者なのに。
翼には、本当にときどき、ふと静かな影が見える瞬間があった。

だけど不思議と、そんな瞬間のほうが、彼の隣にいる時間は心地よい。
人気者で遠い存在のはずなのに、似ているところがあるような気がして。