消えたくなったら星(スター)になれ

 その日のお昼休み、わたしはいつものように屋上へ。

 今朝、桐生と話したから昼は用事ないでしょ。
 当の桐生は、男子たちに囲まれている。勉強を教えているようだ。
 ってことは、このまま教室でお昼食べるってことね。
 じゃあひさしぶりに一人のお昼だな~と足取り軽く、廊下に出ようとしたとき。
 桐生がこんなことをいっている声が聞こえてくる。

「あ。おれ、先生から呼び出されてた。ちょっと行ってくる」

 本当に先生から呼び出されてるんだよ。
 じゃあ、なおさら屋上には来ないね。
 わたしは足早に屋上へ。
 
 屋上に入ると、いつものようにだれもない。
 桐生も来る気配なし。
 本当に先生に呼び出されてたんだ。
 じゃあ、大丈夫。これでひとりでゆっくり――。
 屋上のドアが勢いよく開いた。

「寝るならおれといっしょのときにしろよ」

 桐生がそういって屋上に入ってきた。
 わたしは嫌な顔を隠さずにいう。

「先生から呼び出されたんじゃないの?」
「それより、寝るなら一言メッセージしろって」
「寝るんじゃないよ。お弁当食べにきたの」
「なんだ。そうか」

 桐生はそういうと、ホッとしたような顔をする。
 どうやら桐生はお弁当やパンの類を持っていない。
 じゃあお昼はここで食べる気はないんだ。よかったぁ。
 安心したのもつかの間。
 桐生は、こっちまで歩いてきてフェンスにもたれる。

「あれ? 教室に戻るんじゃないの?」
「そんなこと一言もいってないだろ」

 桐生はそういいながら、制服のポケットから何かを取り出す。
 あれは『エネルギーメイト』のパッケージ。
 じゃあ、お昼はあれだけで済ますんだ……やっぱここで食べるんだ。
 だけど、いつもよりも胸はざわざわしない。やっぱり慣れって怖い。

 それに、桐生の顔ってこうして見るとイケメンだ。
 顔小さいし、肌めっちゃきれいだし、目は大きいし、鼻は高いし、歯は真っ白すぎるし。
 おまけにすらりとした体形に長身で、女子にモテるのも無理はない。
 性格がもう少しマシならねえ……。
 桐生が、わたしの視線に気づいていう。

「なんだ。見とれてるのか。それなら拝観料とるぞ」
「十円ぐらいなら払ってあげてもいいよ」
「拝観料は14106円だ」
「え? なに? よく聞こえなかった」
「拝観料を払う気があるってことは、おれに見とれてたって認めるんだな」

 桐生がそういって勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
 うっ……。そういうわけじゃない!
 ちょっと見てたけど! 別にイケメンって思ってたわけじゃないし!
 わたしは慌てていいわけを考える。
 それから桐生の手にある『エネルギーメイト』を見ていう。

「それ、飲み物なしでよく食べられるよね……って思ってただけ」
「え? あるよ」

 桐生はそういうと、制服の上着の内ポケットからペットボトルを取り出す。
 よく入ってたな、そんな大きなもの。
 桐生はペットボトルに口をつけようとして、それからいう。

「そういや眠気はどうだ?」
「朝寝たらわりと平気。でも、お弁当食べてからまた眠くなりそう」
「そうか。そりゃそうだな。じゃあ、このジュース一口やるよ」
「なんで? 毒でも入ってんの?」
「毒入れるメリットはなんだよ……。惚れ薬なら喜んで入れるけど」
「褒め薬ってなに?」
「……とにかく飲め! カフェインたっぷりのお茶だ!」
「飲めとかいわれると怖い」
「すげー美味いんだよ! ビックリするぐらい美味かったから共有したいんだよ!」

 あまりにも必死な顔の桐生がかわいく思えてしまった。
 わたしは、差し出されたペットボトルを受け取る。
 本当にお茶のようだ。パッと見、普通のパッケージ。
「いただきます」といって、お茶を一口。
 すると、あっさりとした中にも複雑な味、だけど後味すっきり。

「なにこのお茶……おいしい」
「だろ? ここ数日、母親がどこかのスーパーで買ってきてるらしいんだ」

「どこのスーパー?」といいながら、わたしはお茶を桐生に返す。
「ええっと、なんていってたかな」
 桐生はそういいながら、ペットボトルを口につけた。
 ごくりと一口飲んでから、ハッとした。

「どうしたの? どこのスーパーか思い出した?」
「……くっ……そうだった……」
「なに? く?」

 桐生はそういったままうつむいた。

「スーパーの名前、思い出したの?」

「そうだ、これ、間接キスじゃねーか……」

「カンサキ? それ、スーパーじゃなくてホームセンターの名前だよね」
「あれだろ……。星谷、もうお前はわざと間違えてるんだろ」
「なにが? ああ、でもホームセンターにもお茶は売ってるか」
「もういい……。星谷におれの気持ちは一生伝わらないんだ」
「どうしたの? そりゃあ桐生の大変さはわからないけどさ」
 
 わたしがそういって桐生の顔を覗き込むと、その顔は真っ赤だった。
 え? もしかして熱あるとか?
 なんか疲れてるみたいだから、疲れで風邪でもひいたのかな?

「桐生、大丈夫? 熱あるんじゃない?」

 わたしはそういって、桐生のおでこに触れようとした。
 だけど、桐生はうつむいたままでわたしの手首をつかんだ。
 その手はやけに熱い。
 桐生が顔を上げると、その顔がどこか悲しそうだった。

 いつもはあんなに自信たっぷりなのに。
 わたしには嫌味な笑顔しか見せないのに。
 そんな悲しそうな顔、しないでよ……。
 桐生は、わたしの手首をやさしくつかんでいる。
 だから、いつでも振り払えてしまう。
 だけどわたしは、まるで時が止まったかのように体が動かない。

 どうしてなんだろう。
 桐生を、このまま見ていたい。
 いや、そんなこと、考えない。考えるわけがない。
 それなのに、わたしは桐生から目が離せなかった。