消えたくなったら星(スター)になれ

「吐きそう、吐きそう、無理だーーーーーー!」

 わたしは楽屋で弱音を炸裂させる。
 脳内では、小さいわたし(精神赤ちゃん)が、両手両足をバタバタさせていた。

「大丈夫ですよ。エンドさまのお墨付きでのゲスト出演なんですから、自信を持ってください」

 マネージャーさんが、必死でなだめてくれる。
 そうなのだ。

 今日は、エンドさまのソロライブ。

 ゲスト出演のわたしは、途中から舞台に上がる。
 そのためにダンスの練習を強化してきたというのに……。
 本番当日になったら、めっちゃ怖い!
 不安とか通り越して、ただただ怖い!
 失敗するところしか想像できないよ!
 すでに桐生は舞台に上がっている。
 歓声がここまで聞こえてくる。
 わたしはマネージャーにいう。

「ねえ、どうにか逃がしてくれません?」
「だめに決まってるでしょ!」
「急な腹痛とか……」

 わたしがそういうと、マネージャーじっとこちらを見るだけ。
 それから口を開く。

「例のバズッたお礼会? でしたっけ。あの動画みましたよ」
「ああ、みたんですか」
「ああいう下手なダンスの演技って、本当にうまくないとできないんです」
「そうなんですか?」
「そうですよ。そもそもあの学校の舞台で度胸がついたんじゃないんですか?」
「ついた気がしたんだけどね……」
「とにかく、昨日、ダンスを見せてもらいましたが」

 マネージャーはそこで言葉を止める。
 それからにっこり微笑んでいう。

「あなたは最高です。あのダンスでエンドさまを脇役にしてきてください」

 とうとうわたしの出番がきた。
 夢にまで見たサイリウムの海。
 本当に見た景色は、想像したよりもずっときれいだった。
「エンドさまーーーーー」「愛してるーーーーー」というおむすびたちの歓声。
 歓声だけで、ステージが揺れているようだ。
 なんだこれ、こんなすごい場所で、わたしちゃんと踊れるの?

『今日のスペシャルゲストです。黒音小珠さん!』
 
 エンドさまに紹介され、わたしは両手を振る。

『にゃんにゃんにゃーん! 黒音小珠だよーーー!』

「小珠ちゃんだー!」「かっわいいー!」

 わたしへの歓声も聞こえる。よかった。場違いじゃない。
 エンドさまは、静かになったすきにこういう。

「なんかさっき聞いたら、マネージャーにだだこねてたらしいですね」
「だだこねてないですよ!」
「『かえりたーーーい』っていってたらしいですよ」
「いってな……まあ、ちょっといいましたけどぉ……」

 わたしがそういうと、ドッと笑い声が上がる。
 思わずわたしも笑いだす。
 なんだか体の力が抜けていくようだ。
 桐生がわたしの緊張をほぐしてくれたんだ。
 うん、頑張れそうだよ。

「じゃあ、次の曲、『愛のサイン』です」

 エンドさまの声に、わたしは目を閉じる。
 すると、桐生がマイクを外して、小声でこうつぶやいた。

「14106」
「え?」
「なんのことか、わかるだろ?」

 桐生はそういって笑った。
 だけど、顔は真っ赤だ。

 14106。

 リュウさんのスパチャ。
 あいしてる。
 何度もくれたメッセージ。
 そうか、リュウさんは桐生だったんだ。
 ずっと見てくれてたんだね……!
 わたし、幸せ者だよ。
 じゃあ愛には愛でちゃんと返さなきゃ。
 わたしの愛を、今日のダンスにこめるから。

 歌の直前、衣装が変わる。
 エンドさまは黒いスーツ、それに合わせて小珠も黒いドレス。
 実は、このドレスは絶望飯(ご褒美飯だけど)のときの星空のドレスだ。
 このドレスはおむすびたちからも反響がよかったし、わたしも気に入っている。
 だからイラストレーター(ママ)さんが、今回のために豪華に書き直してくれた。

 エンドさまが歌い、そのとなりで踊る。
 わたしのダンスは、キレッキレ。
 それだけじゃない。
 曲に合わせて、なめらかだったり、きれいにターンをしたり。
 自由に体は動く。
 夜空にささげる祈りのように。
 わたしは、ダンスに精いっぱいの愛を乗せた。
 桐生、見ててね。
 これがわたしが送るメッセージ。
 あなたへの愛なんだよ。

 エンドさまが歌い終えたとき、観客は静かだった。 
 え? なにか失敗した?
 不安になっていると……。
 はじけんばかりの拍手の音。
 地鳴りのような大歓声。

「小珠ちゃーーーーーーん!」「ダンスすごすぎ!」「涙でてきたああ」

 どうやら、わたしのダンスは大成功だったらしい。
 よかった……。本当によかった……。
 途端にわたしは、安心でその場にしゃがみこんだ。
 慌てて桐生が支えてくれる。

「大丈夫ですか?」
「はい。緊張がとけて……」
「最高でした。今まで見たダンスのどれよりも。本当にすごい」
「ありがとうございます」

 わたしが桐生を見ると、彼は小声でいう。

「星谷は、おれの光だ。小二の頃からずっと今まで」
「えっ? どういう……」

 すると桐生は、わたしの耳元でささやいた。

「愛してる」

 桐生はそういいおえると、わたしから離れた。
 マイクをつけなおして、小さく咳ばらいをする。
 完全にエンドさまの顔に戻っていた。
 いま、なんていった?
 あいしてる? 本当に? スパチャのこと?
 ぼんやりしながら、わたしは楽屋に戻る。
 
「最っ高でしたよ!!! なんかもう、感無量でーーーーーー」

 楽屋に戻った途端、マネージャーが泣きながらそういった。
 わたしは、さっき桐生からいわれた言葉で、ぼんやりしていた。
 あれはなに? 告白?
 あのタイミングで? からかわれてる?
  
「さっきのは、ダンスというよりは最高の舞いです! 美しく舞う天使が見えました!」
「マネージャーさん、眼科いったほうがいいですよ……」
「なにいってるんですか! そのぐらいすごかったんですよ!」
「そっか。よかった。いっぱい練習したかい、あったなあ」

 わたしはそのまま椅子に座ったま眠ってしまった。
 目を覚ますと、楽屋にマネージャーはいない。
 代わりに桐生がいた。

「おわっ!」

 わたしは驚いて椅子ごとひっくりかえりそうになる。
 それを桐生が慌てて受け止めてくれた。
 まるで桐生に抱きかかえられる姿勢になる。
 たちまちわたしの心拍数があがっていく。
 きっと顔は真っ赤だろうな。

「あの、桐生、離してほしいんだけど」
「やだ、離さない」
「それはちょっと困るなー動けないし」
「離さない。一生、おれのそばにいろ」
 
 そういった桐生の腕がかすかにふるえている。
 わたしはその腕にそっと手を乗せた。

「うん。そばにいてね」
「えっ? 本当に?」
「約束だよ。絶対になにがあってもそばにいてね」
「ああ、なにがあっても守る」
「うん、わたしも桐生を守るからね」
「うれしい。おれは、世界一、いや宇宙一の幸せ者だ」
「それから……。活動停止は考え直してほしいの」
「それなんだけど」

 桐生はようやくわたしから離れ、なんだか気まずそうにいう。

「活動停止の件は、大丈夫だから」
「なに? どういうこと?」
「心配しなくていい。おれは、お礼の会で星谷に勇気をもらった。それに」

 桐生はわたしをやさしく見つめて続ける。

「今日の小珠の最高のダンスで、思い出したんだ」
「なにを?」
「学校でもVtuberの世界でも、いつも星谷のそばにいる、って。だからエンドだって休んでいられないだろ」
「本当に?! うれしい!」
「一生、星谷のとなりにいる」

 まるでそれは、結婚の誓いのように神聖なものに聞こえた。
 だからわたしは、精いっぱいの告白を返す。

「桐生、あいしてるよ」

 わたしはそういって、桐生の胸に飛び込んだ。
 桐生はわたしの頭をやさしくなでてくれた。
 大好き。愛してる。
 大嫌いだったのに、なんでこんなに好きになったんだろう。
 ああ、きっとわたしはずっと、桐生のことが気になってたんだね。

 
 さて、そんなこんなでハッピーエンド。
 そろそろ蛇足になるかなー。
 ……なんて、一体なにをいってるのかわたしは。
 だけど、これだけはいっておかないとね。

 ソロライブ後、エンドさまは宣言通り活動停止した。
 どのくらいの期間だったのかというと。

 二週間の活動停止。

 ……それって、活動停止というよりは休養だよね。
 まあ、それでも活動停止にはちがいない。
 
 そして活動停止を終えると、エンドさまはまっさきにコラボした。
 相手は黒音小珠。そう、わたし。

 小珠はお礼の会の動画のバズりにくわえ、エンドさまのライブでのダンス。
 そんな活躍もあって、カラフルではエンドさまに次ぐ人気Vtuberになったんだ。
 飼い主もビックリするほど増えて、生配信をすればコメントがとうとう追えない数になった。
 それでもリュウさんのコメントだけはすぐに見つけられてしまう。
 これも愛の力かな、なーんて。

「おっはよ。昨日の動画観たよ」

 学校へ行くと椎名さんがにっこり笑う。
 彼女は興奮気味にいった。

「さすが小珠ちゃんとエンドさまのコラボ配信は、見ごたえあったよー」
「うんうん。わかるよ。わたしも観たから」
「あ、ねえ、今日さ、放課後にみんなでクレープ食べに行かない?」
「いいね。甘いもの食べたい気分なんだ」
「時間は気にしないでね。生配信の時間までには解散するから」

 そういってイタズラをたくらむ子供のように笑う椎名さん。
 めちゃくちゃ驚くわたし。
 椎名さんは唇にひとさし指をあてる。

「ありがと!」
「えへへ。またカラオケ行こうね」
「うん。今度はダンスも見せちゃう」
「やったぁ! 絶対だよ!」

 わたしと椎名さんはふたりで歩き始める。
 学校なんて嫌い。
 そう思っていたのに、今はけっこう楽しい。
 もしも、嫌なことがあっても……。

「おっはよ」
 
 桐生がそういって笑う。
 わたしと桐生は、どちらからともなく自然に手をつないだ。

 <終>