消えたくなったら星(スター)になれ

 ひとりの生徒の声が聞こえてくる。
 まるでそれを合図にするかのように、「確かにダンスキレキレで小珠ちゃんっぽい」「え? 本物?」という声が。
 そこでわたしはハッとする。

 そうだ、わたしはあくまで「黒音小珠が好きな、いち生徒」だったんだ。
 小珠のダンスを披露する場所じゃない。
 生徒たちがざわつく中、どうしたら良いのかわからなくなる。
 このまま続けたら、わたしは身バレする。
 顔出しはしていないけど、だれがこれを踊っているのか調べれば簡単にわかるはず。
 クラスメイトはほとんどわたしが、この舞台に出ていることを知っている。
 このまま踊ればわたしは……。
 黒音小珠は、終わるんだ。

「あきらめるな!」

 その声に我に返る。エンドさまの声。いや桐生の声。
 わたしはいつのまにか、ダンスをやめてその場に立ち尽くしていた。
 あきらめちゃダメだ。
 なにがなんでも黒音小珠を好きなファンを演じなきゃ!
 そうだ、演じるんだ。
 アドリブには強くなった。

 音楽をかけ直し、ダンスを再開する。
 終盤、一番難しい振りつけ。
 わたしは足がもたついて、とうとう大転倒。
「いったそう」「大丈夫かなあ」という生徒たちの声。
「黒音小珠なら、あそこを失敗しないだろ」という声も聞こえてきた。
 わたしはよろよろと起き上り、それからマイクをオンにする。

「いったー! やっぱ難しい」

 その声は黒音小珠とはかけ離れた、ハスキーボイス。

「声ぜんっぜんちがうじゃん」「やっぱ小珠ちゃんじゃないよ」「なーんだ」

 そんな生徒たちの声が聞こえてきて、残念がる雰囲気になった。
 よし、と心の中でガッツポーズをしてから、マイクを再びオフ。
 ダンスの立て直しができないものの、なんとか最後まで踊り切る。
 曲が終わると、拍手が聞こえてきた。

「えー。ハプニングはありましたが、最後までありがとうございました」

 司会の生徒が興奮気味で続ける。

「ダンス、すばらしかったですね。本家の黒音小珠ちゃんもすごいんですよー!」
「おい司会、もう少し私情を押さえろって」

 ひとりの生徒の声に、会場中が笑いの渦に包まれる。
 わたしは心底ホッとして、ステージ裏から撤収した。

 その日の放課後、わたしは桐生に呼び出されて屋上へ。
 屋上には、わたしたち以外だれもいない。

「あんな冷や冷やするダンスを見たのは初めてだ」

 桐生はあきれたように笑った。

「わたし、考えなしだったよ。小珠の疑惑が出ちゃダメなのに」
「でも、わざと転んでそれ以降もグダグダのダンスになる、という演技は考えたな」
「えへへ。とっさに思いついたんだ。声を変える練習もしておいてよかったよ」
「うん。あのダンスの失敗と声で、黒音小珠だと思われるはずがないな」
「うん。よかった。これで小珠だってバレたら学校辞めるところだったから」
「そんなことさせるわけないだろ」

 桐生はまっすぐにわたしの目を見ていった。
 わたしは地面に視線を向けながらいう。

「しないってば……バレてないんだし。それにせっかく中学生活も楽しくなりかけてるのに」
「そうか。それならよかった」
「ねぇ、桐生、やっぱりソロライブ後に、活動停止しちゃうの?」
「まあ、そう宣言したからな」
「撤回しないの?」
「そんなカッコ悪いことできるかよ」

 桐生は笑って、それからいう。

「その代わり、最高のライブにしてやる」

 そういった桐生が、なんだかきれいで目が離せない。
 自信たっぷりの表情が、カッコいいなんてもんじゃない。
 この人に、一生ついていきたいと思ってしまう。
 桐生に見とれていると、彼がいう。

「おれのとなりで、踊ってくれるよな?」

 そういって、桐生がわたしに手を差し出す。

「うん。踊りたい!」

 わたしは少し迷ってから、その手をとった。
 桐生の手は、熱をおびていた。
 わたしと桐生は、顔を見合わせて、それから笑った。