消えたくなったら星(スター)になれ

 お礼の会当日。
 朝起きた瞬間から、緊張し過ぎて心臓が口から飛び出そうだった。
 カラフルのオーディションも初配信も緊張したけど、それとはまた別物。
 特に今回、わたしがやろうとしていることは不安が多い。

 身バレの危険性があるからだ。

 わたしの今回の出し物というのは、『今人気のVtuber黒音小珠のダンスを踊ってみた』というネットのようなノリ。
 体育館のプロジェクターを使って黒音小珠の映像を映し出し、わたしが実際に踊るというもの。
 つまり、ソロライブみたいなものだ。
 まあ規模が小さいし、一曲しか踊らないけど。エンドさまのソロライブとは大違い。
 それでも、こんなに緊張するんだから、エンドさまのライブはどうなるんだろ。
 息をしてるんだろうか、わたし。

 お礼の会がライブとちがうのは、わたしが身バレをしてはいけない、ということ。
 もしも、星谷光莉が黒音小珠だということがバレたら……。 
 きっと今度こそ、炎上する。
 舞台の動画を撮影している生徒もいるだろう。それがSNSとかにアップロードされるだろう。
 そのときに、身バレしてしまえば炎上どころかVtuber人生が終わる可能性だってある。
 だけど、桐生はわたしを守ってくれた。
 かばって活動停止を選んでくれた。
 それなら、わたしが同じように賭けられるのは、Vtuber人生だけだ。
 少し前なら桐生のためにそこまでできなかった。
 だけど、今のわたしは魂さえ差し出してしまえる覚悟がある。
 それに、桐生が買ってくれたわたしのダンス。
 これで、桐生にVtuberの楽しさを、初心を思い出してほしい。
 わたしに桐生の考えや悩みを変えられるかどうかはわからない。
 だけど、これはわたしにとって大きな変化になりそう。
 そう考えて、大きく一歩を踏み出した。

 学校へ着いて、準備を始めると、「楽しみにしてるよ」と友人たちが声をかけてくれた。
「ありがとう」と笑いはするものの、内心うまくいくか不安でいっぱい。
 人前でダンスをするのは、オーディションとVtuberの仲間の前でしかやっていない。
 大勢の、しかも学校中の生徒がいる前で、なんて。できるのかな。
 しかも今回は、『小珠のダンスを完コピした普通の人』というダンス。
 あまりにも小珠すぎてもダメだし、見ている人に小珠を好きになってもらうには下手でもダメ。
 絶妙な加減で踊りたい。
 ってゆーか、お礼の会でここまで必死なのわたしだけでは?

「星谷さん。準備、手伝おうか?」

 そういって声をかけてきたのは椎名さんだった。

「あ、大丈夫。パソコンとか機材とか昨日のうちに運んでおいたから、今日は動作チェックぐらいしかやることないの」
「そうなんだ」

 椎名さんが少しだけ困ったような顔をする。
 心から手伝いたいって思ってくれたのは、うれしい。
 それを、ちゃんと言葉にしなくちゃ。

「椎名さん、手伝うっていってくれたのうれしい。ありがとう」

 椎名さんは、やさしく笑ってから続ける。

「星谷さんって、すごいよね」
「え、なにが?」
「だってさ、今日のお楽しみ会で踊るのって、」

 そこまでいいかけて、椎名さんは黙り込んだ。
 そして、天井を見ながらいう。

「きっと勇気がいるなあ、って思って」
「アハハ。まあ、ね。でも、わたし小さい頃からダンスやってるから、こういうときしか役に立たないんだよね」
「でも、すごいよ……」

 そういった椎名さんの制服のポケットから、肉球のキーホルダーが見えていた。
 あれは、最近発売されたばかりの黒音小珠のラバーストラップだ。
 カバンにも小珠の缶バッジつけてくれてるし、椎名さんは完全に「飼い主」なんだ。
 ここに、明確なファンがいる。心強い。頑張らなきゃ。

「ありがとう、頑張るよ」

 わたしはそういって笑った。

 体育館のステージ裏でパソコンを操作していると、「バカだなあ」と声がして顔をあげる。

「なにその挨拶。失礼じゃない?」

 わたしが桐生にいうと、桐生はあきれたように笑う。

「だってそうだろ。まさかお礼の会の舞台に出るとは思わなかった」
「桐生にはいってないし」
「いったら反対されると思ったんだろ。そりゃ身バレのリスクあるし。本当バカだよな」
「うるさいな~。からかうだけならあっち行って」
「本当に大丈夫なのか? おれがフォローに入ろうか?」

 そういった桐生は、ものすごく心配そうな顔をしていた。

「お父さんか……」
「おれとそんなに家族になりたいのか。おれは大歓迎だが」
「いやだよ、同じ年のお父さんとか。それにフォローなんていいって」
「うっかり者なのに?」
「そうだけど、ソロライブには度胸が必要でしょ。今日は良い練習かなって思ったの」
「この舞台が良い練習か。大きく出たもんだ」
「エンドさまのソロライブは大規模だからさ……」
「ま、おれはゆっくり見学するよ。なんかあったらまあ、助けてやる」
「大丈夫。成功させてみせる」
「楽しみにしてる」
 
 桐生はそういうと、ステージ裏から出ていった。
 胸がドキドキする。なんだか緊張してきた。 

『さあ、次はなんとVtuberの黒音小珠さんが来てくれました』

 司会の生徒がノリノリでそういった。
 体育館の生徒たちがざわつく。
 プロジェクターに映し出されたのは、小珠に似せたキャラクターだった。
 さすがに小珠は使えないので……。
 途端に、一部の生徒たちから「ちがうじゃん」とか「なーんだ」という声。

『もちろん、本物ではないのですが、踊ってくれるのは黒音小珠さんの大ファンの方だとか!』

 司会の生徒はそういうと、こう続ける。

『ぼくも、実は飼い主ですよ』

 途端に一部の生徒の笑い声が聞こえた。
 ここにもファンがいる。すごくうれしい。やる気すごく出る!

 深呼吸をしてから、目を閉じる。
 たくさんのサイリウムの海。
 歓声が聞こえてくる。
 音楽がかかる。
 黒音子珠の人気曲『にゃんにゃんキュンキュンラブ』だ。
 この曲は、かわいい曲調に本格的なダンスを取り入れたもので、今でも飼い主からリクエストが多い。
 だからこそ、この曲は体にしみついている。

 ダンス、スタート!
 会場が一気に静かになる。
 わたしは自分の世界に、手の先から足の先まで意識を集中させた。
 まるで宇宙に浮かんでいるような気分。
 静かでうつくしい景色が見えてくる。
 だから踊っていると、嫌なことはすべて忘れられる。

「つら」「やだ」「冬眠したい」

 そんないつもの無意識のダンス中のくせ。
 これ声が拾われないように、マイクはオフにしている。

「つらい」

 そうつぶやいているのも、ダンスがつらいんじゃない。
 学校が嫌だ。
 朝が来るのが憂鬱だ。
 ずっと寝ていたい。
 この世は無理ゲー。
 つらいことばっかり。

 それを忘れられるのは、ダンスとVtuberの活動だけ。
 だからわたしの体と口は真逆に動く。
 まるで毒を外に出していくかのように。
 体が羽のように軽いのは、きっと呪いが外に出ていくからだ。

 ああ、やっぱりダンスは楽しい。
 すべてが無になる。
 嫌なこともぜーんぶ考えないで集中できる。
 ずっとずっとダンスのことを考えていられる。
 体が自由に動く。
 なんて最高なの……!

 わたしがノリノリで踊り、曲が中盤にさしかかったそのときだった。

「なあ、なんか本物の黒音小珠のダンスそっくりじゃね?」