消えたくなったら星(スター)になれ

「あら、元気になってよかった」

 お礼の会の前日の放課後。
 廊下を歩いていると、養護教諭の先生に話しかけられる。

「はい。一日寝たらすっかり良くなって」
「やっぱ若いっていいよねえ。そうだ、桐生くんは?」
「え、なんで桐生が?」

 先生は小声でいう。

「仲いいってゆーか、付き合ってるんでしょ」
「はあ?! 付き合ってませんよ!」
「あら、そうなの? だってわたしてっきり……」

 先生は周囲を見て、だれもいないこと確認してからいう。

「桐生くんが、あなたをお姫様抱っこして保健室に連れてきたのよ」

「え……。あれは夢じゃ……」
「だから先生、てっきりほら、そういう仲だと思うじゃない」
「そういう仲ってなんすか」
 
 そういって現れたのは、桐生。
 いつからそこに?!
 驚きで心臓が口から飛び出るところだった。

「先生、余計なことをいわないでください」
「余計なことかなあ。ま、いいか。邪魔者は退散します」

 先生は笑いながら立ち去った。
 わたしは桐生を見る。

「お姫様抱っこって、なに?」
「まさかお姫様抱っことはなにか、についての説明が必要か?!」
「あ、いや、そうじゃなくて、なんでそうなったのっていう……」
「そ、それはあれだ! 星谷が廊下で突然、倒れたから!」
「なるほど……なるほど?」

 わたしはそれから息を大きく吸う。
 お姫様抱っこ、本当にされてた……。
 うそだろ、おい。夢だったらまだなんかこう、ね?
 でも、本当にされたとか、恥ずかしいとか嬉しいとか、いろいろな感情でいっぱいになる!
 どういうつもりなの?
 はっ、あれだ。桐生はモテるから、お姫様抱っこはし慣れてるんだ……。
 そうだ、桐生からしたら握手みたいなもんだよ、うん。
 ここで動揺したら、なんか恥ずかしい。
 わたしの好きバレも避けたいし。

「じゃあ、その、わたしを保健室に運んだとき、会話、なんかした?」
 
 ああ、勢いで聞いてしまった。
 桐生は驚いたような顔をしている。
 あれは夢かもしれない。
 でも、お姫様抱っこが夢じゃないならもしかして……。
 桐生がゆっくりと口を開いた。

「黙秘する」
「は?」
「黙秘権がある」
「いや……黙秘権って。犯罪の話をしたとかじゃないでしょ」
「どうしても聞きたいなら……そうだな」

 桐生の顔が楽しそう。
 久々にこんな顔を見た気がする。
 
「このあと、時間ある?」
「あるけど」
「ハンバーガー、食べに行かないか?」
「いいね」

 わたしはそういって笑った。
 桐生もうれしそうに微笑んだ。

「公園の近くのマッグにするか。あそこなら学校から離れてるし」
 
 桐生の言葉に、わたしはうなずく。
 わたしは、「じゃあ先に行ってるね。席もとっておくからね」と昇降口へ急ぐ。

「え? 現地集合?」

 驚いたような声でいったのは桐生だった。

「だってそうでしょ。ふたりで歩いたらなにいわれるか……」
「いや、そのへんは大丈夫だ。ちょっと待ってろ」

 桐生はそういうと、急いで教室へ。
 桐生が戻ってくるあいだ、なんだかソワソワした。
 これって、デートなのかな?
 いや、ちがうか……。
 でも、いっしょにマッグ行くのよ。あそこ、カップルがよくいるし。
 じゃあデートなのかな。ちがうのかな。
 そんなことを考えていると……。

「おまたせ」

 そういって現れたのは、マスクで鼻と口をおおって、黒縁の眼鏡をかけた男子。
 髪の毛はぼさぼさで、背中も丸い。

「え? 桐生?」
「そう。わかんないだろ?」
「うん……。わかんないね」
「よし、幼なじみにもバレないってことは完璧だな」

 桐生はそういって勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
 いつものオーラまで消えていた。
 確かに変装はしたほうがいい。
 あんな過激なおむすびもとい、ストーカーのような人がいたんじゃ無理もないよ。
 でもさあ! こんな別人みたいな桐生と一緒なんて。
 デートだなんて考えたわたしが恥ずかしい。
 これってビジネスなんだ。
 そう考えると、途端にしょんぼりしてしまう。

 マッグまでの間、桐生はやけに周囲を気にしていた。
 わたしは気を使って、桐生からだいぶ離れて歩いた。
 この距離では会話さえもままならない。
 なにこれ? いっしょに下校するどころか尾行じゃん?
 これなら現地集合か、桐生があそこまで変装する必要なかったのでは?
 わたしは小さくため息。
 だけど、桐生はわたしをスキャンダルや炎上に巻き込まないために、ここまでしてくれるんだよね。
 そう思うと、なんだか笑ってしまう。

「ふう、なんか疲れた……」

 公園前のマッグは、人が少なかった。
 午後四時という時間と、場所がら学生は私たちだけ。
 あとは、大学生くらいのカップルや社会人の男性三人組がいるぐらい。
 わたしと桐生は、奥のほうの席に座る。
 近くの席に人がいないせいか、桐生はホッとしたようにマスクを取る。

「おれは、こ……星谷のダンスを買ってる」
「それはありがとう」
「つーか、あんなにダンスがうまいのに、なにが不安なのかわからん」

 桐生はそういってハンバーガーを食べる。
 あの会話も夢じゃないんだ。
 じゃあ、わたしのダンスのこと聞くいい機会かな。
 でも、めちゃくちゃ緊張する。
 わたしは喉がカラカラになってイチゴシェイクを飲んで、それから答えた。

「不安そうにしてた?」
「風邪で倒れて、おれに運ばれながらダンスのこと聞いてくるって相当、不安なんだろ」
「あれはてっきり夢だと思ってたよ」
「夢だと思ってたのか……」
「うん。まあ」
「じゃあ、はっきりいうけど。おれは小学二年生のころ、中庭で踊ってた星谷を見て『すごいな』って思ったんだ」
「え? そうなの? あのときから?」
「そう。だからおれは、Vtuberで歌をメインでやろうと思った。当時Vtuberにハマってたから」
「それとわたしのなんの関係があるの?」
「おれの歌で、となりで星谷が踊る。そうなったらいいな、って……」
 
 そこまでいって、桐生の頬が赤くなる。
 じゃあ、あのときのダンスで桐生はVtuberを目指してエンドさまになって、わたしを――。

「わたしを、待っててくれたの?」
「そうだよ。待ってた」
「だけど、わたしがVtuberになりたいって思わなかったら? 目指してもなれなかったら?」
「それでもずっと待つつもりだった。何年でも何十年でも」
「桐生、それって……」

 わたしは真剣な目で桐生を見る。
 桐生はなにかをいいかけた。

「よほどわたしのダンスを気に入ってくれたんだね!」
「え?! ああ、まあ、うん。そうだな……」
「その言葉で、わたしやる気出たよ! ありがとう!」
「おお、それは、よかった」

 うれしい。エンドさまがううん桐生が、わたしをちゃんと認めてくれている。
 それが聞けただけで、明日のお礼会もソロライブも頑張れる。
 わたしはどんどんご機嫌になるけど、桐生はなぜかぶつぶついっている。

「そういう意味じゃないんだけどな……。相変わらず鈍感だなあ」
「もちろん、今のダンスで納得してないよ。まだまだダンスには磨きをかけたいし」
「え? ああ、まあ、うん。そういうことにしておくか」

 桐生はそういってから、「あっ!」と何かを思い出したようにいう。
 わたしはちょうどハンバーガーを食べた終えたところだった。

「星谷、ハンバーガー、解体して食べないのか」
「えっ? ああ、そういえばそうだった……」
「なるほど。話を盛ったか、それとも家族の食べ方ってことか」
「やっぱ桐生にはバレちゃうね。あれはわたしの父の食べ方」
「ま、おれもそういうふうに話変えたり、ぼかしたりすることあるからな」
「桐生はともかく、わたしはうっかりが多いから気を付けないとね」
「いや本当だよ。毎回、配信聴くたびにハラハラする」

 桐生はそういって笑った。
 そのとき、リュウさんのコメントを思い出す。
 14106。
 あれは、桐生なの?
 聞きたいけど、否定されたらショックを受けてしまう。
 ショックを受けたら、桐生に好きバレしそうだ。
 やめておこう……。
 知らないほうがいいことだってある。