消えたくなったら星(スター)になれ

 次の日の朝は、快晴。
 ぽかぽか春の陽気。

「なんか、寒気がする……」
   
 わたしは目を覚ました途端、体を震わせる。
 咳も出るし、頭痛もパワーアップ。
 風邪ウイルスをなめてた……。

 熱を測ってみると、三十七度三分。
 うーーーん。微妙~!
 わたしの平熱は三十六度五分ぐらい。
 風邪の症状ないときでも、三十七度になることもある。
 でも、今は明らかに咳と頭痛。
 いつもなら喜んで休むところなんだけどなあ。
 そう思いつつ、制服に着替える。
 大手を振って学校を休めるのに。
 だけど、わたしがついつい学校へ行く支度をしているのは。
 べつにこの風邪ウイルスをクラスメイトや教師、学校中にばらまいてやろう、とか思っているわけではない。
 
 桐生の顔が見たい。
 
 そんなめちゃくちゃ恋する乙女な理由だった。
 あー、なんか桐生に恋をしてるって自覚するのなんか悔しいけど。
 でも顔が見たいのも事実なんだよね。
 もちろんマスクはきっちりして、体調がこれ以上悪くなるようなら早退。

 わたしは玄関を出ると、すうっとマスク超しに外の空気を吸う。
 その途端に「ゲホッ、ゴホッ」と咳が出る。
 大丈夫か、こんなんで学校行って……。

 学校へ着くころには、体調は悪化していた。
 ふらふらで教室にたどり着く。
 まぶたが重い。あ、これ熱あるときのやつ。
 頭痛にくわえて、喉もめちゃくちゃ痛い。

「おはよう。星谷さん……。ねぇ、なんか顔色悪いよ」

 椎名さんがそういって、心配そうにわたしを見る。

「おはよう、ゴホッ。あの、椎名さん、わたしにあまりゲホ、近づかないほうが」
「なんで? どうしたの?」
「風邪がうつるからゲホッ……。ごめん、保健室いくねゴホッ」
「いっしょに行くよ」
「だから風邪うつちゃうと申し訳ないしゴホゴホ」
「でも、ひとりじゃ心配だよ」

「椎名さん、テニス部の新入生テスト、近いんだろ」
 
 話に入ってきたのは、桐生だ。
 もう顔を見なくても声だけでわかる。
 熱がありそうなのに、どんどん体温が上がっていく。
 まあ、風邪のせいかもしれないけど……。

「うん。そうだけど」
「それなら風邪うつるわけにはいかねーだろ。おれが連れていく」

 桐生はそういうと、わたしの腕をつかんだ。
 やさしくギュツとにぎってくれる。
 いっしょにゆっくりと歩いてくれる桐生。
 ああ、幸せだな……。ずっとこのまま一緒にいたい。

 やっぱ桐生が好き。
 あんたはわたしを嫌いでも好き。大好き。

 そう思ったとたん、視界がぐらつく。
 すると桐生が慌てて支えてくれる。
 桐生がなにかをいってる。でも、よく聞こえない。
 頭も回らない、視界もぼやける。
 でも、桐生の顔みれてよかった。これで安心して早退できる。
 そう思ったとたん、意識が遠のく。

 夢の中でわたしは、桐生にお姫様抱っこをされていた。
 このまま保健室まで連れて行ってくれるらしい。
 降ろして歩けるから、なんて拒否できる元気はなかった。
 ってゆーか、わたしは桐生にお姫様抱っこがされたかったんだね。
 その願望を夢の中で叶えるなんて、むなしい。
 沈黙に耐え兼ね、わたしはここ数日ずっと不安だったことを聞いた。

「桐生、わたしのダンスさ、どう思う?」
「すげーうまい。カラフルで一番うまい」
「本当に? 下手うまとかじゃなく?」
「ダンスの下手うまってなんだよ。飼い主たちだって褒めてくれるだろ」
「飼い主たちは、なんだかんだで小珠に甘いから。信用できないとかじゃなくて……」
「まあ、ファンってのはジャッジが厳しくなるよな」
「うん。そういうこと」
「小珠のダンスは、とにかくキレキレで軽やかで見てて心地いいんだ」
「そっか。それならよかった」
「それに星谷は、ダンスのときはすごく楽しそうなんだよ」 
「えっ?」
「小学二年生のときからそうだ。あんなキラキラした笑顔、生まれて初めて見たよ」

 そこで目が覚めた。
 体を起こすと薬品の匂いが鼻につく。
 真っ白いカーテンで仕切られ、カーテンの向こうでは養護教諭の先生が誰かと話している声が聞こえる。

 保健室のベッドの上か。
 桐生はどこにもいない。
 じゃあ、さっきのやりとりもお姫様抱っこも、やっぱり夢かあ。
 なんて都合の良い夢だろう。
 わたしは布団をギュッと握る。
 さっきの会話(夢だけど)を思い出す。
 桐生は結局、わたしのダンスをどう思っているのかなんてわからない。
 だけど、ひとつわかったことがある。

 桐生がどう思おうと、わたしはダンスが好き。
「つら」とか「もう人生やだ」って無意識に出るのは、ダンスじゃなくて日々の不満。
 ダンスをしているときは、現実と切り離されている気分になる。
 最高の現実逃避。
 だからわたしは、ダンスが楽しい。
 Vtuberとして踊るのが好きなんだ。

 小学二年生の頃よりずっと、うまくなった。
 桐生はわたしのダンスを生では見ていないでしょ。
 そこでふと思いつく。
 そうだ、お礼の会で踊れば、桐生に見せつけられる!

「お礼の会、出よう……」

 そうつぶやいて、また頭痛がしたので横になる。
 すぐに眠ってしまった。