消えたくなったら星(スター)になれ

 今日も椎名さんたちとお弁当を食べる。
 この間のカラオケで打ち解けたおかげで、おしゃべりは弾む。
 だけど……やっぱり桐生のことが気がかりだから、上の空になってしまう。
 あの曲いいよねー。星谷さんが歌ってたのなんて曲? あれはほら、映画の主題歌だよ。
 そんな会話が、透明な壁を一枚隔ててされているみたいに聞こえる。
 桐生に、なんとか活動停止やめさせたい。
 頭はそのことだけでいっぱいだった。 

「星谷さんは出ないの?」

 上の空でいたら突然、椎名さんに話題を振られた。

「えっ? なにに出るの?」
「ほら、来週の『お礼会』だよ。出場者を募集してるんだって」

 お礼会とは、四月の新入生歓迎会で二年生と三年生が歌やダンスを披露してくれたお返しの会。
 来週、つまり一週間後にある。
 このお礼会の内容は一年生全員による歌。
 音楽の授業でこのお礼の歌ばかりを練習しているのだけど、わたしは良い機会だと思って声を変えて歌う練習の場にしている。
 お礼会はさすがに歌だけでは寂しいので、体育館の舞台で一芸を披露してくれる一年生を募集しているのだとか。
 ……そんなことを先日のホームルームで聞いたっけ。

「来週なのに今頃、募集してるの? 練習時間ないよね」

 わたしがそういうと、椎名さんが答える。

「テニス部の先輩が生徒会役員もやってるんだけど、ぜんぜん人集まらなくて、まだ募集してるんだって」
「なるほど。そういうことかあ」

 確かにみんなで強制的に合唱をさせられるのはしかたないとして。
 自発的にひとりで舞台に立とうなんて勇気ある人、そうそういないよねえ。
 わたしだったら嫌だし。
 でも、度胸はつきそうだよね……。
 ふとエンドさまのソロライブを思い出す。となりでちゃんと踊れるのかな。
 また自分の世界に引きこもりかけたとき。

「星谷さん、歌うまいから出てみたら?」

 椎名さんの言葉に、驚いて彼女を見つめる。

「もちろん星谷さんが嫌じゃなければ、だけど……」

 椎名さんがいうと、他の女子も「確かに星谷さん歌うまいよね」「星谷さん出たら盛り上がるよ」と口々にいう。
「でも、わたしなんかまだまだ……」といいかけたとき。

 ふとエンドさまの姿が脳裏をよぎる。
 わたしがもし、お返しの会で体育館の舞台でダンスをしたら、きっと桐生は驚くだろう。
 だって中学生活は捨てたっていってなのに、自分から舞台に立つんだよ。
 これが度胸じゃなくなんだっていうの。
 わたしが舞台に立てば、ソロライブで踊る資格があると桐生も思ってくれるはず。
 これはやってみる価値はありそう……。

 なんだけど、どうせ桐生はソロライブ後に活動停止をしてしまう。
 おまけに今はVtuberの活動を楽しいと思えなくなってる。
 それなのにわたしが度胸をつける意味はあるのかな。
 わざわざ舞台に立って踊ったところで、何の意味があるんだろう。
 わたしは急に冷静になってしまい、息を吐いた。

「うん、ちょっと考えてみるね」

 そういってみんなに笑う。
 行けたら行く、というノリだ。つまり行く気はない。出る気はない。
 でも、「いや~。そんなんやりたくないし」っていえる勇気はない。

『にゃんにゃんにゃーん。黒音小珠だよ。今日もみんな、最悪な一日だったかな~?』

 黒音小珠は、生配信を毎日続けている。
 エンドさまが活動停止宣言をしたからといって、ふさぎこんでいるわけにはいかない。

『小珠も、最悪の一日だったよ。生きるって地獄だよね』

 だけど、いつもよりリスナーが少ない気がする。
 あの盗撮動画を観た飼い主もいて、わたしだって気づいたのかな。
 それでエンドさまと付き合っていると思って、離れた人もいるのだろう。

 実際に小珠のSNSには【あの動画、小珠ちゃんとエンドだよね? 付き合ってるみたいだしファンやめます】みたいなコメントやメッセージはチラホラ届いた。
 だけど、わたしはそのコメントやメッセージを見て、大したショックを受けなかった。それどころか――。

『今日が最悪でも、生きるのが地獄でも、この配信は天国にしていくね!』

 小珠が笑うと、【その笑顔、百億万点】【笑顔たすかる(スパチャ二千五百円)】と飼い主たちが反応する。

 そう、わたしはファンをやめますといわれても大したショックを受けるどころか、うれしいとすら思ってしまった。
 それはべつに、そんな勘違いをするうえにわざわざファンをやめますだなんてかまって宣言する面倒な人間は、今回のことがなくてもいずれ離れていく。
 そういう気持ちもまあ、あった。
 だけど、うれしかったのはそこじゃない。

 盗撮動画を観た人からは、わたしと桐生が付き合っているように見えたこと。
 他の人から見れば、わたしたちは特別な関係に見える。
 そう思うと、無性にうれしくなってしまった。
 無意識のうちに頬がゆるんでいることに気づき、わたしは思う。
 これじゃあまるで、桐生のことを――。

『ありえないから!』

 わたしはそういってハッとする。
 生配信中だったー! またやっちゃったよーーーー! わたしのバカバカ!

【え、おれのハンバーガーをぺちゃんこにして食うとうまいっていうの、ありえない?】【いやありえないだろwww】
『ううん、ちがう!』

 わたしはこぶしをぐっと握っていう。

『ハンバーガーは、バンズ、パテ、チーズとぜんぶ解体して、それぞれをシェイクにつける! これこそが至高!』
【食い方の癖が強いwwwwww】【蛇足な食べ方すぎんんか】【今度やってみる】

 そこから、ハンバーガーをどう食べるか、どのハンバーガーが好きかで盛り上がった。
 実はハンバーガーを解体してシェイクにつける食べ方は、わたしの父の癖だ。
 わたしは普通に食べる。
 だけど、これを黒音小珠の食べ方だといえば盛り上がるだろうと思ったのだ。
 しかも話題をすり替えることもできる。
 生配信中に自分が変なことをいうから、妙にアドリブ力が鍛えてきたなあ。
 でも、今度わたしも父の食べ方を真似してやってみるか。