軍神悪役令嬢ロアンナの救国譚 ~英雄の能力と幽霊の知識を借りて、勝利をつかみ取ります~【書籍1巻発売中】

 王都で暮らしているクラウチ侯爵家とは違い、歴代のノアマン辺境伯は政治や社交界には一切興味がなかった。

 そのため王家に睨まれようが、辺境伯の爵位を没収されようが痛くも痒くもない。むしろ、ライズが追い出されたら、新しい領主が来てノアマン辺境伯領を豊かにしてくれる可能性すらある。

(もうすでに、俺の体を使って知らない誰かが、代わりにノアマン辺境伯やってるし……)

 ジークに敵意を向けられても、何も問題がなかった。

 笑うことをやめたジークが、ロアンナの姿をしているライズを睨みつけている。

「ノアマン辺境伯の目的はなんだ?」
「それは……」

 これからライズが口にすることが、ロアンナに席を外してもらった二つ目の理由だった。

 じわじわとライズの頬が赤く染まっていく。

「ジ、ジーク殿下がロアンナ様を大切にしないのなら、その、俺が娶る、と」

(嘘です! 恐れ多いことを言ってすみません! 俺のロアンナ様への忠誠心は純粋なものです! 信じてください!)

 心の中で懺悔しつつも、一番確実で手っ取り早いのがこれだったので仕方ない。

(こうすることで、これ以上、王家とクラウチ侯爵家を対立させずに、俺とジーク殿下でロアンナ様を取り合う構図にすり替えられるはずだ)

 問題があるとすれば、ロアンナの前では、恥ずかしすぎて言えないことくらいだった。

 ジークは、腕を組んで考えこんでいる。

「おまえがあと一年間、どうしても私と婚約を続けたいと申し出た理由は、田舎者に嫁ぎたくないからか?」

 グサッと何か胸に刺さるものがあったが、ライズはゆっくりと首を振った。

「いいえ。こうなってしまっては、私だけでは判断がつきません。一度、領地に戻り、家族と相談するため時間を稼ぎたかったのです」

 バンッと勢いよくジークがテーブルを叩いた。

「ロアンナの分際で高貴な私と、野蛮な辺境伯を天秤にかけるつもりか!?」

 ライズは、内心で『ロアンナ様は、こんな奴の相手をずっとさせられていたのか……。お可哀想に……』と呟きながらため息をつく。

「そうではありません。ノアマン辺境伯が要塞を修理していると聞き、万が一にも内乱が起こったら大変だから、家族と相談するのです」

「内乱だと!? バカバカしい……。田舎者に何ができるんだ?」と言いながらも、ジークの顔色は悪い。そんなジークに、ライズはなんとか無理やり微笑みかける。

「本当に内乱などバカバカしいですね。なので、ノアマン辺境伯にはどうしても、私を助けたいのなら、ジーク殿下と決闘でもしてくださいと伝えておきます」
「はぁ!?」

 決闘は裁判の一種として、この国では認められている行為だ。しかし、危険すぎるので、よほどの事情がない限り、めったに行われることはない。

「王族から婚約者を奪う方法なんて限られていますから、どちらにしろ決闘か戦しかないでしょう?」
「ど、どうして、私がおまえなんかのために命の危機にさらされないといけないんだ!?」
「それは、私が殿下の婚約者だから、ですね」

「婚約なんて今すぐ破棄だ!」
「国王陛下と王妃様を説得できるなら、ぜひそうしてください」

 無理だと分かっているようで、ジークのうめき声が聞こえてくる。ライズはソファーから立ち上がった。

「私からのお話は終わりです」
「ちょっと待て!」

 立ち止まらないでいると、「お願いだから待ってくれ!」と言われたが、それでもライズは立ち止まらない。

「決闘は避けたい! 私は、どうすればいいんだ!?」と聞こえたので、ライズは待ってましたとばかりに振り返った。

「そうですね……。では、私に婚約者の権限を残したまま、立場を婚約者候補まで落とすのはどうでしょうか? それでしたら、私は婚約がまだ続いていると判断しますし、もしノアマン辺境伯に決闘を申し込まれても、ただの候補だと避けることができるかと?」

 ライズは、自分で言っておきながら『詭弁(きべん)だな』と思う。間違ったことを、まるで正しいことのように話している。

(でも、婚約者から婚約者候補になれば、ロアンナ様は今よりずっと自由になれる)

 しばらく待ったが、ジークから返事はない。

「私は一週間後に出発するので、そのときまでにどうするか決めておいてくださいね」

 そう言い残して、ライズは部屋を後にした。

 ずっと廊下で待っていたのか、幽霊姿のロアンナが振り返る。他の幽霊は白くて丸いのに、ロアンナだけ生前の姿で見えるのが不思議だった。

『ライズさん、お疲れ様』

 フワフワと宙に浮きながら微笑むロアンナの髪には、ピンク色のリボンがついている。

(あれ? ロアンナ様、今日はリボンつけていなかったよな?)

 幽霊が身に着けている物は、その人の宝物だ。

(もしかして、ロアンナ様も俺と一緒で、そのリボンが宝物なのか……?)

 ライズの全身が、カッと熱くなった。ロアンナが『大丈夫? 顔が真っ赤よ?』と不思議そうにしている。

「だ、大丈夫です! あっ、おかしなことはしていませんから!」

 必死に伝えると、ロアンナは無邪気に微笑んだ。

『それは心配していないわ。だって私、ライズさんのことを信じているから』
『ロアンナ様……』

 胸のムズムズが、いつのまにかドキドキに代わってしまっていることに、ライズは気がつかない振りをした。

*

 その後、王家はロアンナに王太子の婚約者権限をすべて残したまま、婚約者候補にまで下げることを発表した。

 それを聞いたロアンナは、「嘘みたい……。とても嬉しいわ」と喜んでくれた。しかし、そのあと「ライズさん、何したの?」と尋ねられて、ライズは赤面することになる。

(まさか、ジーク殿下からあなたを奪う宣言したなんて……。絶対に言えない)