軍神悪役令嬢ロアンナの救国譚 ~英雄の能力と幽霊の知識を借りて、勝利をつかみ取ります~【書籍1巻発売中】

 王妃に呼び出されたジークは、その場所に向かっている間、苛立ちを抑えきれなかった。

(まったく! 侍女長の件で、私に小言でも言うつもりか?)

 ジークがガラス張りの美しい温室の中に足を踏み入ると、控えていたメイドが深々と頭を下げてから「こちらです」と案内する。

 ここは王族と、王族が許可した者だけが立ち入ることのできる特別な場所。

 温室内では木々が青々と茂り、気持ちのいい木陰を作り出していた。木漏れ日の下には、白いテーブルと白い椅子が置かれていて、周囲には珍しい花々が咲き乱れている。

 この場所は王妃のお気に入りで、今も優雅にティータイムをしている。そこに、呼び出されたこの国、唯一の王子ジークは不機嫌さを隠そうともしなかった。

「ご用件は?」

 王妃は、カップをソーサーに戻すとジークに視線を向ける。

「今回は、やりすぎよ」

 その声の冷たさに、ジークは動揺した。息子を溺愛する王妃は、今まで一度だってジークを叱ったことがない。それなのに、今は責めるような物言いをしている。

「ロアンナの物を盗むにしても、どうして自分で動いたの? 人を使えばいいでしょう?」
「そ、それは……」

 立て続けにお飾りメイドがロアンナに寝返ったことで、周囲の者が信頼できなくなっていた。それに、自分ならもっとうまくやれるという自信と、もし見つかっても侍女長に罪を擦りつければいいという考えがあったからだったが、今は言えるような雰囲気ではない。

 ジークが無言になっていると、王妃は小さくため息をついた。

「私に長年仕えていた侍女長が、盗みを働いて処刑されるなんて、私の顔にも泥を塗ることになると思わなかったの?」
「……あっ」

 王妃が怒っている理由が分かり、ジークは納得した。

(確かに、そこまで考えていなかった)

 これまで好き勝手させてくれていたが、それは王妃に迷惑がかからなければという条件付きだったのだと気がつく。

「申し訳ありません」
「侍女長の件は、こちらで手を打ったわ」
「ありがとうございます」

 話が終わったと思い、ジークが王妃に背を向けると「どこに行くの?」と鋭い声で呼び止められる。

「まだ話は終わっていないわよ。あなた、オーデン子爵家の令嬢を、勝手にお飾りメイドにしていたそうね?」
「オーデン……。ああ、ルルのことですか」

 ジークは、あっさりと辞めていった無礼な銀髪女を思い出した。

(メイドにしては美しいから、わざわざ声をかけてやったのに)

 不快に思っていると、王妃の大きなため息が聞こえてくる。

「彼女が騎士団長の妹と知らなかったの?」
「はい……」
「騎士団長は、盗難事件の真犯人があなただと訴えているわ」
「あの裏切り者め!」

 王妃は頭が痛そうに額を抑えた。

「先に臣下の妹に手を出して裏切ったのは、あなたでしょう……」
「ルルに手は出していません!」
「どうであれ、王子に囲われていた娘を正妻にほしがる高位貴族はいないわ。ようするに、あなたはオーデン子爵家が大切に育てていた政略結婚の道具を勝手に奪ったのよ。ここまで説明されないと分からないの?」

 王妃の冷めた視線に、ジークはぐっと言葉に詰まる。

「王太子になるための教育は、すべて済んでいるのに、どうして……」

 そんな王妃の呟きを聞いて、ジークは自分が失望されているのだとようやく気がついた。まるで殴られたかのような衝撃と共に、怒りや悲しみ、不安などいろんな感情が一気に押し寄せてくる。顔色が悪くなり足をふらつかせたが、王妃は心配することなく淡々と話を続けた。

「オーデン子爵家は、訴えを取り下げる代わりに、一族の者をあなたの剣術の指南役にするように要求してきたわ」
「け、剣術の指南役?」
「そうよ。ようするに、のちの国王になるあなたの師になることで、名誉を得ようとしているのね」
「低俗な奴らが考えそうなことですね」
「誰しも王家に媚びを売るのに必死なのよ。オーデンも……ロアンナもね」

 そう言いながら王妃は、真っ赤な唇に笑みを浮かべる。

「ロアンナからの要求は、あなたと一年間婚約を続けることよ。調べさせたら、あの子、しばらく王都を離れるらしいわ。その間に、婚約破棄されないように頭を使ったのね」

 王妃の話と、今までのロアンナの言動がジークの中で結びつかない。

「本当にそうでしょうか? あの女は狡猾です。英雄の能力を使って、今まで散々卑怯なことをしてきました。能力をコントロールするための物は燃やしたので、もう使えないと思いますが、早く王太子宮から追い出すべきです」

 椅子から立ち上がった王妃は、ジークに近づいた。

「ジーク。不快な者は排除するのではなく、徹底的に利用しなさい。こちらに好意を寄せる者なら、なおさら好都合なのよ」

 手に持っていた扇子をジークのあごに当て、上を向かせる。

「なんのために、美しい顔で産んであげたと思っているの?」

 ジークは、その扇子を乱暴に払いのけた。

「分かっていますよ! ようするに、ロアンナを手玉に取ればいいのでしょう!?」
「そうよ。これから一年の間、ロアンナとの婚約解消は何があっても決して認めないわ。そして、しばらくはオーデンから剣の指導を受けること。いいわね?」
「……はい」
「もう行っていいわよ」

 温室から出たジークは、盛大に舌打ちした。

(ロアンナのせいで!)

 しかし、あのロアンナが婚約を続けたがっているのは予想外だった。

(信じられないが……)

 王妃に『一年間この婚約を続けたい』と願ったことは嘘ではないだろう。

(しばらくロアンナを避けて、様子をみてみるか)

 本当にロアンナがジークに好意を寄せているなら、向こうから何かしらの動きがあるはずだ。その日からジークは、ロアンナに会わないように過ごし始めた。