軍神悪役令嬢ロアンナの救国譚 ~英雄の能力と幽霊の知識を借りて、勝利をつかみ取ります~【書籍1巻発売中】

 王妃の横で、興奮したように幽霊ライズが両手をピョコピョコ動かしている。

『ロアンナ様が王妃様にする提案とはいったい!? くぅ、つづきが気になる!』

 つぶらな瞳を期待でキラキラと輝かせるライズに、ロアンナは少しだけ困ったような顔をした。

『ライズさん。緊張感がなくなるから、話し終わるまで私の後ろにいてくれないかしら?』
『は、はい! すみません!』

 ライズは、慌ててピューと移動する。その姿が見えなくなってから、ロアンナは口を開いた。

「婚姻条件に追加したいことは……。一年以内にこの婚約が解消されたら、どちらの有責であってもカラド地方を私に譲渡する、です」

 ロアンナの耳元でライズが『カラド地方って、王族が所有している土地で確か鉱山がありますよね?』と囁く。

『そうよ。王妃様が管理している土地で、彼女の財源になっているわ。決して手放したくないでしょうね』

 王妃の声が扇子の向こう側から淡々と聞こえてくる。

「そんな条件が通るとでも?」
「一年だけです。その願いさえ叶えてくだされば、王妃様は何も失うものはありません」
「断ったら?」
「断ってくださってもかまいません」
「他の希望は?」
「ありません。それが無理でしたら、このお話はなかったことに」

 遠回しにロアンナが【侍女長ヒルダの件はこれで終わりだ】と伝えると、王妃は扇子をパチンと閉じた。

「生意気な子ね」
「褒め言葉として受け取っておきます」

 王妃の口から、小さなため息が漏れる。

「あなたがこんな無茶な条件を出すくらい、ジークと婚約を続けたがっているなんて知らなかったわ。でも、ジークに執着してしまうのは仕方がないわね。あの子は完璧だもの」

 都合のいい勘違いをしている王妃は、これまでの作り笑いとは違い本当に笑っているように見えた。

「いいでしょう。その条件を認めてあげるわ。でも、そんなにあの子と婚約を続けたいのなら、これからはせいぜい私の機嫌を取っておくことね」

 王妃の挑戦的な眼差しを、ロアンナは静かに受け止めて肯定も否定もしなかった。

「本当に生意気。まぁ今はそれでいいわ。とにかく、この条件を追加した正式な契約書を送らせるから、ヒルダのことをよろしくね?」
「もちろんです」

 高貴な香りを残して、王妃は去っていった。彼女の足音が聞こえなくなってから、ロアンナは顔を上げる。

 すると、目の前に幽霊ライズがいた。先ほどより、目を輝かせて尊敬するようにロアンナを見つめている。

『ロアンナ様がやりたいことが分かりましたよ! 王妃様とジーク殿下を敵対させようとしているんですね?』

 ライズの言葉にロアンナは頷いた。

『当たりよ』

 ジークはロアンナと婚約破棄したがっている。これまで王妃の考えは分からなかったが、侍女長をジークにつけて好き勝手させていたことで、この婚約を重要視していないことが判明した。

『おそらく、私達の婚約は国王陛下のみが強く希望しているのでしょうね。だから、王妃様にもこの婚約を絶対に成立させたくなるような条件を期間限定で追加したの』
『そうすれば、今後は婚約を破棄したいジーク殿下と王妃様の間で意見が対立して、この二人が手を組むことがなくなるからですね。でも……』

 つぶらな瞳が悲しむように、半月の形になる。

『そんな条件を出したら、ジーク殿下との婚約解消なり婚約破棄なりが遠のいてしまいますね……』

 ロアンナが水をすくうように両手を出すと、ライズはフワフワと飛んできてその手のひらに収まった。

『どちらにしろ、今すぐ婚約解消も破棄もできないわ。だったら、私達が王太子宮を離れている間、ジーク殿下を監視して牽制してくれる人を作ろうと思ったの。良くない案だったかしら?』

 ライズは、勢いよく体を左右に振った。

『いいえ、名案です。【敵の敵は味方】ということわざがあるんですが、ロアンナ様はジーク殿下の敵ではなかった王妃様を敵にして、一時的にこちらの味方にしたのですね。この交渉のバランス感覚、素晴らしいと思います』
『ありがとう。ライズさんにそう言ってもらえると安心するわ』

 紫色の瞳を、ロアンナは悲しそうに伏せた。

『これで、王太子宮にお飾りメイドを送り込むことを、王妃様が反対してくれたらいいわね。彼女達は、あれだけ美しいのだから、社交界デビューさえさせてもらえれば良縁を掴めたでしょうに。これ以上、将来を潰される子を増やしたくないわ』
『そうですね……』

 ロアンナは、しんみりしているライズに顔を近づけた。

『ライズさん。これで、冤罪を押し付けられていた侍女長の罪はなくなったわ。だから、これからは本当の犯人を糾弾できる』

 ハッとなったライズは、感動したようにフルフルと体を震わせた。

『そうか、侍女長の罪がなくなったということは、改めて真犯人のジーク殿下を訴えることができるんですね!』

 ロアンナは、クスッと笑う。

『王妃様は、侍女長の罪をなかったことにしなさい、としか言ってなかったからね。約束はきちんと守っているわよ』

 くるくると回ったライズは、『やっぱりロアンナ様は、俺の理想の主です!』と喜んでいる。

『私は友達だと思っているのだけど……』

 興奮するライズに、ロアンナの声は聞こえていないようだ。

『そうだ! ロアンナ様が表立って動いたら、王妃様の恨みを買ってしまうので、ここからは騎士団長にお願いするのはどうでしょうか!?』
『いいわね。そうしましょう』