軍神悪役令嬢ロアンナの救国譚 ~英雄の能力と幽霊の知識を借りて、勝利をつかみ取ります~【書籍1巻発売中】

 いつの間にかロアンナからの相づちがなくなっていることにライズは気がついた。

『ロアンナ様?』

 声をかけても返事はない。そっと振り返ると、ベッドに横になったロアンナが規則正しい寝息をたてていた。

『お疲れ様です』

 ブランケットをかけてあげようとしたら、手がすり抜けてしまう。

『やっぱり幽霊姿のままじゃダメだ……』

 ライズは、眠るロアンナにペコッっと一礼してから夜空に飛び出した。

 自分は生きているのか、死んでしまっているのか? 期待と不安は相変わらずで、時間が経つにつれて不安のほうが強くなっていった。しかし、確かめないわけにはいかない。

(ロアンナ様には明日と言ったけど、またロアンナ様の顔を見たら行きたくなくなってしまうから、今のうちに行ってしまおう)

 月が照らす街は静まり返っている。王都を出たライズは、方角を知るために北斗七星(ほくとしちせい)を探した。すぐに明るい七つの星が見つかる。

『えっと、北斗七星は柄杓(ひしゃく)の形をしていて……』

 ライズは、柄杓の先端部分の二つの星間の距離を、五倍にしていく。そこにある星が北極星(ほっきょくせい)だ。
 北極星は、常にほぼ真北にある星なので、方角を知りたいとき役に立つ。

『あっちが北だから、西はこっちか』

 星を頼りに一晩中飛び続け、山の向こう側が明るくなった頃、ライズはようやくノアマン辺境伯領に着いた。

 何もないだだっ広い土地が広がっている。建物が所狭しと立ち並ぶ王都を見たあとだと、余計に広く感じた。

 そんな荒野を進むと、急にバカでかい石造りの要塞が現れる。昔はこの要塞で大勢の兵士達が暮らしていたが、平和な今の世ではどちらも必要ない。

 輝かしい祖父の時代とは違い、今の辺境伯は名ばかりだった。要塞から少し離れた場所にある小さな一軒家で、ライズは一人暮らしをしている。隣家の奥さんは、ライズの乳母だったので、未だに時折食事の差し入れをしてくれる。

『家の中に、俺の身体はないか。あっそうだ! 俺、要塞の中にあるじいちゃんの本を取りに行ったんだよな。そんで、一度にたくさん運ぼうとして、階段から落ちて……。まさか、誰にも気がつかれず、そのまま倒れているのか!?』

 サァと青ざめながら要塞へと飛んでいく。

『あっ、ここだ!』

 ライズが落ちた階段の下には、たくさんの本が散らばっていたが、ライズの身体はない。

『どこにあるんだ、俺の身体!』

 涙目になっていると、話し声が聞こえてきた。

『あれ? 今日は清掃活動の日か?』

 人が住まない建物は、あっという間に朽ちていく。それを防ぐために、数少ない住人が集まり定期的に要塞内を掃除していた。掃除のあとに、各自の畑で育てた食材を持ちより、鍋で煮込んで食べるのがお年寄り達の楽しみになっている。

 声がするほうに飛んでいくと、二人の人物が話していた。一人は、燃えるような真っ赤な髪色の青年で、もう一人はフードを被っている。背格好からして性別は男のようだ。

 こんな目立つ二人組は、辺境伯領で見たことがない。
 赤髪の青年は、フードの男に話しかけた。

「見つかりませんね」
「あのとき捕らえておくべきだったな」

 フードの男の声に、ライズは妙に聞き覚えがあった。おそるおそる近づいていくと、フードの男と目が合ったような気がして、ライズは慌てて柱の影に隠れる。

「今、何かいたような?」

 そう言いながら辺りを見回すフードの男の顔を見たライズは息を呑んだ。

(お、俺だ……)

 フードの男は、確かにライズの姿をしている。

 赤髪の男が、何か言ったが異国の言葉のようで意味が分からない。フードの男は、ニヤリと口端を上げた。

「古い名を呼ぶでない。今は、私が英雄の末裔、ライズ・ノアマンなのだからな」

 二人は笑いながら歩き去る。二人の姿が完全に見えなくなってから、ライズは要塞を飛び出した。

 今のライズが頼れる人は、たった一人だけ。夜通し飛んで来た道を、ライズは急いで戻った。

『ロ、ロアンナ様! 俺の身体、知らないやつに乗っ取られてましたあぁああ‼』