氷の令嬢は、最強(?)総長の『子守役』を命じられる

 一ノ瀬会長の宣戦布告から一夜明け。試合当日の昼休み、私は龍崎を誰もいない旧校舎の図書室へ呼び出した。
 怪我をした彼の頬に、新しい絆創膏を貼り直すためだ。
「……じっとしてて。動くとズレるでしょ」
「だ、だって……実花、顔が近すぎるんだよ……。心臓に悪い……」
 龍崎は耳まで真っ赤にして、視線を泳がせている。昨日の「本物の総長」らしい勇ましさはどこへやら。今は、私の指先が触れるたびに肩をビクつかせる、ただのヘタレな男の子だ。
「何言ってるのよ。女子恐怖症の克服特訓、まだ終わってないんだから。これくらいで動揺してたら、一ノ瀬会長に笑われるわよ」
 私はわざと意地悪く言って、彼の頬にピタッと絆創膏を貼り付けた。
 その時、外から生徒たちの足音が近づいてくるのが聞こえた。
「――あれ? ここ、誰かいるのかな?」
「やばっ、見つかったら『総長と優等生の密会』なんて大騒ぎになる……!」
 龍崎が慌てて私を連れ、大型の書架の影へと押し込んだ。
 狭い隙間。埃っぽい空気。
 ……そして、完全に密着した二人の体。
「っ……!」
「しっ、静かに……」
 龍崎の声が、すぐ耳元で響いた。
 彼の大きな手が、私の腰をそっと引き寄せる。厚い胸板の奥から、ドクンドクンと激しい鼓動が伝わってきて、自分の心臓の音なのか、彼のものなのか分からなくなる。
「……実花」
 暗がりの中、彼が名前を呼んだ。
 見上げると、すぐそこに彼の潤んだ瞳がある。いつもは三白眼で怖いのに、今は捨てられた子犬のような、守ってあげたくなるような熱を帯びていた。
「なに……?」
「……昨日の『よかったぁ』ってやつ。本当は、俺のこと少しは……その、大事に思ってくれてるんだよな?」
 甘えるような、確かめるような声。
 私は顔から火が出そうになり、彼の胸元をぐいっと押し返した。
「……勘違いしないで。あんたが怪我してボロボロになったら、私のプロデュース能力が疑われるでしょ。だから……まあ、無傷でいてくれないと困る、っていう意味よ」
 精一杯のツンデレを。
 けれど、握りしめた彼のシャツを離せない私の指先は、きっと嘘をつけない。
「……ふーん。じゃあ、今日の試合。俺が勝ったら……一瞬でいいから、今度は嘘なしで笑ってくれよ」
 龍崎が、私の頭にポンと大きな手を置いた。
 その優しくて熱い感触に、私は言葉を失って、ただコクンと頷くことしかできなかった。
 外の足音が遠ざかるまで、私たちはその狭い隙間で、重なり合う体温をじっと感じていた。