氷の令嬢は、最強(?)総長の『子守役』を命じられる

(どうか、どうか無事でいてっ!ごめんね、私なんかのせいで。ごめんっ)
私は必死で廊下を駆け抜けた。その時、ガッっと階段のヘリで体が傾く。
「いたい」
もう、走れない、痛い、自分にとって内申点上げるためだけの人をなんで助けるの?そんな気持ちが一斉に私を襲う。
でも、でも、彼は、龍崎くんは私なんかのために、殴られる。そう思うと立ち上がらずにはいられなかった。
体育館の重い扉を、私は体当たりするようにして開けた。
 視界に飛び込んできたのは、静まり返ったコートの中央。数人の不良たちが床に転がり、その中心で肩を激しく上下させている龍崎の背中だった。
「……龍崎くん!」
 私の声に、彼はビクッと肩を跳ねさせて振り返る。
 頬には青あざができ、口角からは一筋の血が流れていた。けれど、その瞳はいつものヘタレな色ではなく、獲物を射抜くような鋭い光を宿したまま。
 私はなりふり構わず彼に駆け寄り、その泥だらけの特攻服の袖をぎゅっと掴んだ。
「……よかったぁ。無事で、本当によかった……」
 震える声。自分でも驚くほど情けないトーンで、心の底からの安堵が漏れ出した。
 一ノ瀬のモニター越しに見ていた絶望感が、彼に触れた瞬間に溶けていく。私の瞳には、じわりと熱いものが込み上げていた。
「え……? 実花、今……なんて言った?」
 龍崎が呆然とした顔で私を見つめる。
 彼は耳まで真っ赤にして、信じられないものを見るような目で私を見下ろした。
「お前、今、俺のこと心配して……『よかった』って――」
 ――その瞬間。
 私の脳内にある『ツンデレ回路』が、火花を散らして緊急再起動した。
(待って。私、今、何て言った!? 全校生徒の前で、こんな、らしくないセリフ……!)
 私はハッと我に返り、掴んでいた袖をパッと放した。そして、一秒前までの涙目を無理やり見開き、いつもの冷徹な仮面を被り直す。
「はあ? 何のこと? ……まあ、怪我で不戦敗にならなくて『良かったんじゃない?』って言ったのよ。私の内申点に響くところだったんだから」
 私はわざとらしく腕を組み、フンと鼻で笑ってみせた。
「あんた、あんな雑魚相手に手こずって……。私の特訓が全然足りてないみたいね。終わったら倍のメニューにするから、覚悟しなさいよ」
「ええっ!? そんな……! 今の、絶対『心配した』ってトーンだっただろ!?」
「幻聴よ。耳、掃除してきなさい」
 言い合いながらも、私の心臓はうるさいほど脈打っていた。
 龍崎は不満げに頬を膨らませたけれど、すぐに私の様子を窺うようにして、はにかんだ。
「……へへ。でも、来てくれたんだな。ありがとな、実花」
 その不意打ちの笑顔に、また心臓が跳ねる。
 けれど、そんな私たちの背後に、冷たい影が落ちた。
「……感動の再会だね。でも、忘れないで。試合はこれからだ」
 体育館の入り口に、一ノ瀬が立っていた。
 乱れた様子一つない完璧な姿。けれど、その瞳の奥には、今まで見たこともないような暗い情念が渦巻いている。
「龍崎くん。暴力で解決するのは野蛮だと言っただろう? 次は……僕が、コートの上で君の無能さを証明してあげるよ」
 一ノ瀬の宣戦布告。
 本気で勝ちに来る「完璧な王子」を相手に、龍崎は私の前で『最強』を演じきれるのか。