氷の令嬢は、最強(?)総長の『子守役』を命じられる

……っ、やめて。一ノ瀬さん、今すぐ止めて!」
 私は掴まれた腕を振り払おうとしたけれど、一ノ瀬の指は万力のように強く、私の手首を離さない。
 画面の中では、他校の不良たちが龍崎を取り囲み、嘲笑いながら彼の肩を突き飛ばしている。
「いいかい、実花さん。彼は今、恐怖で声も出せないはずだ。君が夢見ている『最強の総長』なんて、どこにもいないんだよ」
 一ノ瀬の低く冷ややかな声が耳元で響く。
 確かに、モニターの中の龍崎は、肩を震わせて俯いていた。いつもの彼なら、ここで腰を抜かして逃げ出してもおかしくない。
(逃げて……お願いだから、もういいから逃げて、龍崎くん!)
 心の中で叫ぶ。特待生の実績なんて、もうどうでもいい。
 彼が傷つくくらいなら、私の計画なんて全部壊れても構わない。
 その瞬間、自分の胸の奥が、焼けるように熱くなるのを感じた。
「……なんで」
「え?」
「なんで、あんなに情けないアイツのことばかり、見てるのよ……私」
 ポツリと漏れた自分の声に、私自身が驚いた。
 冷徹に利用するはずだった。更生させて、自分の利益にするはずだった。
 なのに今、私の視界を塞いでいるのは、一ノ瀬の端正な顔でも、自分の将来でもない。
 震えながら、それでも逃げずに拳を握りしめている、あの不器用な背中だけだ。
「これって……、まさか」
 認めたくなかった。
 ただの『契約ポチ』に、こんなに胸が締め付けられるなんて。
 彼が殴られる想像をしただけで、呼吸が止まりそうになるなんて。
「……実花さん? 君、まさか本当にあんなゴミ溜めの王を――」
 一ノ瀬の声に動揺が混じる。
 その時。
 モニターの中の龍崎が、ゆっくりと顔を上げた。
 彼は、周囲を囲む大男たちを睨みつけ、震える声で――けれど、はっきりと叫んだ。
「……どけよ。俺は、今日、あいつに『頑張る』って約束したんだ。……お前らみたいな雑魚に構ってる暇はねえんだよ!!」
 女性恐怖症で、他人の視線に怯えていたはずの男が、初めて自分以外の誰かのために、その『恐怖』をねじ伏せた。
「……龍崎くん……!」
 私は一ノ瀬の手を力一杯振りほどき、生徒会室のドアへと走り出した。
 背後で一ノ瀬が何かを叫んでいたけれど、今の私には届かない。
 全力で廊下を駆け抜けながら、私は自分の本当の気持ちを、ようやく言葉にした。
(バカ、大バカ……! 好きになんて、なるわけないでしょ……!)
 視界が少しだけ滲む。
 私は、彼のもとへ向かって、なりふり構わず階段を駆け下りた。