氷の令嬢は、最強(?)総長の『子守役』を命じられる

あの一件から一ヶ月。
 一ノ瀬会長は「家庭の事情」という名目で表舞台から姿を消し、学校には平穏が戻っていた。……はずだった。
「おい、龍崎! また女子にデレデレしてんじゃないわよ!」
「ひっ、実花! 違うんだ、今の道聞かれただけで……! 助けて、心臓止まる……!」
 放課後の廊下。かつて県内最凶と恐れられた『黒龍』の総長・龍崎蓮は、今や一人の女子生徒――私、如月実花の前に直立不動で震えている。
 周囲の生徒たちは、もはや慣れっこだという顔で通り過ぎていく。
「道案内くらい、サッとしなさいよ。あんた、私の彼氏でしょ? シャキッとしないと、また特訓増やすわよ」
「う……。わかった、頑張る……。でも実花、さっき『彼氏』って……。もう一回言ってくれないか?」
 龍崎は期待に満ちた子犬のような目で私を覗き込んでくる。
 ……ったく。こいつ、付き合い始めてからというもの、ヘタレなのは変わらないくせに、変なところでグイグイ来るようになった。
「言わないわよ。一回言えば十分でしょ」
「えー! ケチすぎるだろ! 俺、毎日一万回くらい『実花が好きだ』って言ってるのに!」
「うるさい、声が大きい!」
 私は赤くなった顔を隠すように、彼の特攻服(今はクリーニング済みで、私の部屋に置いてある予備のやつだ)の袖を引っ張って、いつもの旧校舎へと向かった。
 二人の秘密の場所。
 資料室に入った瞬間、龍崎が背後から私を包み込むように抱きしめた。
「……っ、ちょっと! 誰か来たらどうするのよ!」
「大丈夫だって。ここ、もう誰も来ねえよ。……なあ、実花」
 耳元で囁かれる、少し低くなった声。
 彼は私の肩に顎を乗せ、いたずらっぽく笑った。
「俺さ、気づいたんだ。……本当の『最強』って、拳が強いことじゃない。お前に怒られて、お前に甘やかされて、お前のために一生懸命になれることだって」
「……何よ、急に。ポエマーにでもなったの?」
「へへ。……大好きだよ、実花」
 そう言って、彼は私の頬に優しくキスをした。
 出会った頃の「女性恐怖症」はどこへやら、私にだけは呆れるほどに「デレ」全開だ。
「……私も。……まあ、嫌いじゃないわよ」
 私はそっぽを向きながら、彼の手をぎゅっと握り返した。
 
 総長とツンデレ姫。
 二人のデコボコな恋路は、今日も爆音……ではなく、甘い溜息と共に続いていく。