氷の令嬢は、最強(?)総長の『子守役』を命じられる

バイクの爆音を響かせながら、龍崎は体育館の入り口を横目に通り過ぎた。
 呆然とこちらを見る生徒たちの視線も、マイクで呼びかける教師の声も、今の私たちには遠い世界の雑音にしか聞こえない。
「……龍崎くん、どこ行くの? 決勝の表彰式、始まっちゃうわよ」
「あんなの、もうどうでもいい。……一ノ瀬の汚いやり方をバラして、あいつを引きずり落とすのは簡単だ。でも、そんなことしたら……実花がされたことまで、みんなに知られちまうだろ」
 龍崎はハンドルを握る手に力を込めた。
「あいつの罪は、俺が一生かけて償わせる。……でも、今は。お前が一番安心できる場所に連れてってやりてぇんだ」
 バイクが止まったのは、人気のない旧校舎の裏。
 私たちは無言のまま、薄暗い階段を駆け上がった。
 辿り着いたのは、あの日、私が彼の情けない姿を初めて見た、あの屋上だった。
 夜の帳が下り、遠くで体育館の歓声が微かに響いている。
 龍崎は私を床にそっと降ろすと、自分の特攻服の襟を整え、私に向き直った。
「……実花。……ごめん。守るって言ったのに、怖い思いさせて」
「……謝らないで。あんたが、来てくれたから。……信じてたわよ、ポチなんだから」
 私は震える声で、精一杯の強がりを言った。
 けれど、視界が涙でぐにゃりと歪む。それを見た龍崎が、たまらず私を強く抱きしめた。
「……実花。契約とか、特待生とか、そんなの全部忘れて聞いてくれ」
 彼の心臓が、私の耳元で激しく打ち鳴らされている。
 女子が怖くて、目も合わせられなかったヘタレな男の、一生分の勇気を詰め込んだ声。
「俺……お前が好きだ。毒舌で、可愛くなくて、でも誰よりも真っ直ぐなお前が、たまらなく愛おしいんだ。……俺の、隣にいてくれ。偽装じゃなくて、本物の彼女として」
 夜風が、私たちの間を通り抜けていく。
 私は彼の胸に顔を埋めたまま、鼻をすすって、思い切り彼のシャツを握りしめた。
「……バカ。……遅すぎるわよ、このヘタレ」
 顔を上げると、月明かりに照らされた龍崎が、今にも泣きそうな顔で私を見つめていた。
 私は、自分でも驚くほど穏やかな、最高の「デレ」を込めて微笑んだ。
「……いいわよ。あんたを『本物の男』にするまで、責任取ってあげる」
 重なったのは、言葉だけじゃない。
 不器用な二人の影が、月夜の屋上でゆっくりと一つに溶けていった。
 総長とツンデレ姫の、嘘から始まった物語。
 その幕引きは、世界で一番静かな、幸せなキスだった。